受験数学から何が学べるか

 今週、茨城県の数学の先生方の研修の講師を務めてきた。二ヶ月ほど前に、栃木県でも同じく数学の先生方の研修の講師を務めたので、研修でのレクチャーは二度目だ。
 さらにいうなら、今年は、(こちらは経済学者として)、土木学会のシンポジウムと阪大経済研究所のシンポジウムにも登壇したんで、4回も人前で話してしまった。
 ダメ推しでいうなら、9月および10月に、書店でのトークイベントが計画されておって、両方成立したとすると、年6回のイベント登場となってしまう。(トークイベントについては、詳細が決まったら、このブログで告知するね)。
 さて、茨城県での研修のお題は何か、というと、「良質な1問を作成する上でのヒント」というもの。要するに、問題作成のコツを伝授する、ということだった。
 お題をいただいて、少々困った。
なぜなら、ここ20年のほど経済学者を本業としており、数学の書籍は書いているけど、受験数学とは縁遠くなっていたからだ。
思案の末、昔取った杵柄を有効利用することにした。ぼくは、20代、30代は、塾で中高生を教え、河合塾で浪人生を教えていた。そして、塾・予備校での講義を題材にして、雑誌『大学への数学で連載を持っていた。そこで、この『大学への数学』の連載を元に、今回のレクチャーを構成することにしたのだ。なんと、ちょうど30年前、1988年の連載だから、あまりに時間が経ったものだ。
 この連載は、「ハイレベル・ゼミ」というタイトルのもので、受験数学の問題や、数学オリンピックの問題を題材にして、大学の数学や専門の数学を語る、というプロットだった。
 当時のバックナンバーを掘り起こしてみたら、我ながらなかなか良い連載だったなあ、と感慨深かった(笑)。当時の自分の受験数学の知識と専門数学の知識を総動員して、受験生たちに、数学の魅力をアピールしようと一生懸命に書いたものだった。
 当時、誰にコピーさせてもらったのか忘れたが、「東工大の四半世紀」という冊子を持っていた。東工大の25年分の全問題が集められた冊子だった。ぼくは、それらの問題を相当量解き、中に、高級なバックボーンや高尚なテーマをもっているものがたくさんあることを知って、それを連載に利用したのだった。(当時は、東大の問題より東工大の問題のほうが、奥が深いという印象を持った)。
 たとえば、次の問題は本当に秀逸だ。(数式をこのブログに表示する技を知らないので、本質を変えないように問題文を変更している)。

(東工大1981)
0<α<1なる数αがある。αの小数部分は0.5未満、2倍すると小数部分は0.5より大になり、さらに2倍すると小数部分は0.5より小さくなり、もう一度2倍すると小数部分は0.5より大きくなる。このことがずっと繰り返されるとするとき、αを求めよ。

この問題は、与えられた条件を数列を使って表現し、挟みうち原理を使えば、数3の範囲で答えを求めることができる。でも、出題者の意図はたぶんそうではない。出題者は、「2進法で考えなさい」というテーマを与えているのだと思う。記数法というのは、高校で教わるけど、何のためにやってるのかいまいちわからない。もちろん、コンピューターは2進法ですよ、とかいうことがあるけど、「だからナニ?」ということになる。でも、この問題が与えているのは、「記数法というのは、基底の意味を持っているよ」ということ。基底変換をすると物事の見通しがよくなることは、数学ではよく経験することだ。この問題も、10進法から2進法に基底変換すると、突然視界が開けて、たちどころに問題が解けてしまうのである。
 もう1問、東工大のふる〜い問題を紹介しよう。

(東工大1965)
0

これも、単純に積分計算をしても、普通に証明できる。でも、ぼくは出題者の意図を懸命に考えて、次のような発想で作られてんじゃないか、という結論にたどり着いた。y=sin(x+h)のグラフはy=sinxのグラフを左にhだけずらしたものだ。だから、二つのグラフはだいたいのパートで横向きにはhの隔たりに持っている。それがこの不等式の源泉じゃないのか、という発想だ。それでぼくは、この問題は、高校数学の常識通りに縦方向の微小長方形を集計するのではなく、横方向のそれを集計するのではないか、という考えにたどり着いた。その見方を利用すると、何の計算もなしに不等式が証明できることに気がついたのだ。つまり、出題者の示唆するテーマは、「面積計算は縦向きでも横向きでもできるよね」というものだったのだ。
 茨城県の数学研修で紹介した問題で、東工大でないものも紹介しよう。
次の問題は、河合塾の模試で出題されたものだ。

次の性質を満たす関数の集合をSとする。
(i) Sに属する関数は3次関数(3次の係数が0でない)である。
(ii) Sに属する関数は、任意の2次以下の関数をかけて−1から+1の範囲で積分すると必ず0になる。
このとき、Sに属する関数は、ある1つの奇関数の定数倍であることを証明せよ。

もちろん、一般的に3次関数を置いて、(i)(ii)からその係数の満たす関係式を求めれば、簡単に解ける。でも、出題者の意図は全く違うもので、ほとんど計算を要しないみごとな解き方があるのだ。それもそのはず、この問題を作成したのは、当時河合塾の顧問をしていた著名な数学者(微分方程式が専門)だった。だから、問題には専門性が背景にあったのだ。ざっくり言えば、3次以下の関数の集合は4次元ベクトル空間で、2次以下の関数の集合はその3次元部分空間にあたる。そして、関数の積の積分は、内積と解釈することができる。そうした解釈の下では、(i)(ii)を満たす関数の集合Sは、1次元ベクトル空間になることは容易に想像できる。そういうことを受験生に伝えたい問題なのである。もちろん、そんな高度な解き方は模範解答ではないけど、ほぼそういうことを高校数学の範囲で表現するような解き方だった。著名な数学者が問題を作ると、たとえ、予備校の模試であっても、ステキなものを生み出すんだな、と感心した次第。
 最後に、もう一題だけ、うならされた問題を紹介して終えよう。次のような問題だ(出題の大学は失念してしまった)。

aを正の定数とし、eをオイラー定数とする。aを初項として、aeを末項とする(n+1)項の等比数列を{x_k}とするとき、
{(x_k−x_(k−1))log(x_k/a)}の総和をn→∞としたときの極限を求めよ。

もちろん、この問題も、等比数列を具体的に求め、定跡的な方法で数列の和を求め、普通に極限を計算しても、(多少、しんどいけど)、答えは出せる。でも、出題者の目論みは全く違うところにあると思うのだ。出題者はたぶん、リーマン積分をイメージしているんだと思う。高校数学では、区分求積は、区間を等分して行う。だから、この総和は、等比数列の差を掛けているので、高校数学の意味では積分計算には見えない。でも、大学で習うリーマン積分では、各細分が0に近づいていくようにするなら、区間をどんな風に区分してもいいのだ。したがって、a≦x≦aeなる区間等比数列で区分しても、積分は可能となる。したがって、この問題は、単に関数log(x/a)を積分する問題なのである。そういう風に計算すれば、ほとんど苦痛なく、答えを出すことができる。これも、大学の数学者からのステキなプレゼントだと、当時のぼくは喜んだのだった。
 大学受験の数学の問題の中は、このように、数学者からの夢あるギフト、とみなせるものが多々ある。高校の先生方も、そういう風に受験問題を利用すれば、(少なくともやる気のある高校生には)、優れた感受性と向上心を培うことができるんじゃないか、そう思う。茨城県の研修では、先生方に、(僭越ながらも)、そういうことを訴えたのであった。