「7の倍数」の判定法

 家族旅行に行ったとき、息子と温泉に入る機会があり、ぼくが下駄箱の番号を吟味しているのを目撃した息子が理由を尋ねるので、「パパは子どもの頃から素数の番号に入れるようにしている」と答えた。そんな話になった経緯があったので、温泉を出るときに、息子といっしょにロッカーの番号を1つずつ見ながら、「100までの素数」をすべて確認する作業を行った。もちろん、ぼくは昔、整数論研究者を志したぐらいなので100までの素数くらい暗記しているから、息子が結論を出すのをじっくり待ったので、とても時間がかかった。
 小学生の息子は、倍数判定法について、2,3,4,5,8,9については知っていたが、「7の倍数の判定法ってあるの?」と聞くので、そういえばあったな、と思い出してみた。結論からいうと、「十の位以上と一の位を切り離し、前者から後者の2倍を引く。この操作を繰り返して、2桁か1桁になって、それが7の倍数なら元の数も7の倍数」というものである。例えば、「343」を判定するなら、「34−3×2=28」が7の倍数だから元の「343」も7の倍数、ということになる。この判定法は、東大の教養のときのクラスメイトに教えてもらったものだった。そのクラスメイトは、自分で見つけたといっていた。なんでも「エラトステネスのふるい」(←Wikiの解説)を眺めていて気がついたそうだ。その友人は数学科でも同級生で、その後数学者になった人だった。でも、今、ネットで検索をしてみたら、この判定法は良くしられたもので、彼が最初の発見者とはいえないようで、それは残念だった。(3桁ずつ区切る有名な方法があるが、これはあまり実用的ではない)。なぜこれで7の倍数が判定できるか、はとても良い練習問題なので、読者自身で楽しんでいただきたい。
 ぼくの教養時代のクラスは、3人も筑波大附属駒場(当時は教育大附属)から来た人がいて(判定法を教えてくれたのはその一人)、入学直後のクラス合宿に向かうバスの中ではその3人がずっと、ニムゲームの必勝法から数論の定理についてまで縦横無尽に話しあっていて、カルチャーショックを受けた。この時点ですでにその三人は、数学科に進学することを当然の進路と決めており、その知識量も半端ではなかった。ぼくが洗礼を受けた初めてのできごとだった。そんな中、バスの最後列では、でかいラジカセを持参した奴が大音量でキングクリムゾンの「スターレス」をかけていたのにも、驚かされた。結局、クラスからは、その三人組とぼくともう一人の5人が数学科に進学する、という異例の多さになった。
 ぼくが数学に目覚めたのは中学1年のときだったことは、孤独な数学少年 - hiroyukikojimaの日記に書いたが、その頃から銭湯に行くときは、下駄箱やロッカーでは必ず素数の番号を使うようになった。それは、自分の将来の夢を確認する儀式のようなものであったのだと思う。とりわけ「素数5」が好きだった。当時、「素数を作る式」に夢中で、「10進数の自然数を、n進表記に直して、その数字列を逆さまにして、また10進法に戻す」という操作をすると、意外に素数素数に変換される場合が多いことに気がついた。中でもn=5進法のときが秀逸だった記憶があり、100までならかなりな確率で素数素数に変換された。(残念ながら100以下でさえ例外があった)。そんなわけで、「素数5」は、ぼくにとって「魔法の数」だったのだ。
 当時のぼくの持っていた世界観、というか、少年のぼくが世界をどう見ていたか、というのは、ぼくの単行本デビュー作の『数学迷宮』新評論に小説として書いた。この小説について、ガスコン研究所というブログが最近、■書籍:数学迷宮: ガスコン研究所で取り上げてくれた。世代的にはちょっと上の人だけれど、ぼくが描こうとした世界観がとてもよく伝わっており、嬉しくなったので、紹介してみた。この本は今は版切れなので、この人はわざわざ古本で注文して、購入してくださったとのことだ。とても光栄である。経済学者になった今、この頃の数学に対する気持ちはすっかり消え失せてしまっているのが、なんともいえない。時間の流れとは残酷なものである。この小説は、小説の宿命として、ネットなどの感想では賛否両論なのだが、ぼく自身はとても思い入れが深い。物書きとして、まだこのデビュー作を完全に越える本を書けていない実感がある。この本は、タイプではなく、手書きで400字詰め原稿用紙に書いたものだった。気に入らなくなって、全部破棄して、また一から書き直す、ということを繰り返した。
 ガスコン研究所は、ぼくの本をとても良くとりあげてくれており、しかも、簡単でわかりやすい図像化が成されていてすばらしい。こういう人が塾で右腕としていてくれたら、もっと子どもたちにわかりやすくウケル教材を開発できたのにな、と思った。せっかくだから、いくつかリンクを張っておこう。
■書籍:数学でつまずくのはなぜか: ガスコン研究所
■書籍:数学でつまずくのはなぜか(2): ガスコン研究所
■書籍:文系のための数学教室: ガスコン研究所
■書籍:算数でホラー(パラドックス事件簿): ガスコン研究所
■書籍「算数の発想」: ガスコン研究所
とりわけ、最後の「パーコレーション(浸透現象)の実験」はすばらしい。
 温泉を出たあと、コーヒー牛乳を飲みながら、息子が、「100までには素数は25個。4個に1個は素数なんだね。100から200までもそうなの?」と聞くので、「そうではない」と返答すると、「何個あるかは法則があるの?」と尋ね返された。もちろん、これに関する完全な法則はみつかっていない。したがって、不等式で評価するしかないのだが、不等式で上から評価するのはそう難しくない。半分は偶数だから、素数の割合は50パーセント以下である。3の倍数も考えると、多少面倒だが、もっと精密な評価ができる。だけど、下から評価する、つまり「素数は、いくつ以上は存在する」というのは驚異的に難しくなる。そんなこんなを思い出していて、そういえば、天才エルデスが発見した初等的な下からの評価式があったな、と懐かしくなった。これについても甘酸っぱい思い出があるが、長くなったので、それはまた次回以降ということにしよう。