素数のひみつ

 9月は、なんだかんだとむっちゃ忙しくて、ぜんぜん更新ができなかった。意地になってぎりぎりの今日、更新しようと思う。
 実は今日、雑誌現代思想青土社の11月号の企画で、数学者の黒川信重先生と対談、というか、聴き手をしてきた。特集は、「数論」、正直なところ、『現代思想』の企画としては、無謀というか画期的というか、スリリングなものだと思う。聴き手を務めるにあたって、黒川先生の名著『数学の夢〜素数からのひろがり』岩波書店を再読して臨んだ。

数学の夢―素数からのひろがり (岩波高校生セミナー (4))

数学の夢―素数からのひろがり (岩波高校生セミナー (4))

この本は、高校生のために開催されたセミナーで黒川先生がなさったレクチャーを収録したもので、ゼータ関数の魅力を高校生になんとかわかるように、しかも、最小の知識で済むように工夫されたすばらしいレクチャーである。ぼくが高校生の頃にこんな本を読めたら、ぼくの数学人生はきっと違うものになったろう。ゼータ関数は、素数の秘密を解き明かすための最大にして最終の兵器である。タイミングいいことに、昨日の報道で、新しい巨大な素数が発見され、「最大の素数」が更新されたことが明らかになったので、(http://news.goo.ne.jp/article/jiji/world/jiji-080928X631.html)、ぼくとしてもウキウキしながら、黒川先生のお話を伺うことができた。
 一応、誤解をする人がいるといけないので、補足しておくと、「素数が無限個あること」は、すでに紀元前のギリシャの時代に証明されている。そういう風に見るなら「最大の素数」ということばには語弊がある。ただ、効率よく素数を作る式がみつかっていないので、素数を発見するのは一苦労なのである。現在、使われている「素数発見法」というのは、2のべき乗から1を引いた「メルセンヌ数」という候補者の中から素数であるものを一個一個チェックする、というものである。そうやってみつかるのが「メルセンヌ素数」と呼ばれるものである。なぜ、こういう数を標的にするか、というと、メルセンヌ数に限っては素数かどうかをチェックする巧みなアルゴリズムがわかっており、手間はかかるがコンピュータでチェックすることができるからだ。
まあ、この辺の話は、来月に刊行されるぼくの文庫本『世界を読みとく数学入門〜日常に隠された「数」をめぐる冒険』角川文庫に詳しく書いてあるので、是非、そちらで読んでみて欲しい。ちなみにこれは、以前刊行されたぼくの本『数学の遺伝子』の文庫化なのだが、ものすごく手をいれてあるので、かなりテイストの異なる本になっていると思う。その辺のことは、刊行が近くなったらまた書くので、乞うご期待。ちょうどこの本の最終校正をしているところだったので、黒川先生とお話できたのはとても良い励みになった。実際、改訂にあたって、物理学における「場の理論」というものでのカシミール効果」という物理現象を解析するためにゼータ関数の計算が使われる、という話を新ネタとして導入したのだが、今日、黒川先生がカシミール効果について詳しく説明してくださったので、理解が深まったのはラッキーだった。
 「7の倍数」の判定法 - hiroyukikojimaの日記のところで、「N以下にいくつ素数があるか」を求める規則は存在しない、と書いたが、本当は、リーマンという数学者がそういう式を生み出している。式だけ見ていると、短くて、そんなに激しいものではない。(興味ある人は、上で紹介した、『数学の夢〜素数からのひろがり』にあたってほしい)。しかし、この式には、ゼータ関数の値がゼロとなるような複素数でかつ実数ではないもの、つまりゼータ関数の虚なる解、をすべて代入する必要がある。このような「虚の零点」がすべて「0.5+虚部」となっている、というのがリーマン予想と呼ばれ、現在まだ未解決で、フェルマー予想ポアンカレ予想に引き続いて解決されることが待望されている予想である。黒川先生は、最後に、この予想の解決に関して数学者が試している戦略についてお話してくださった。くわしくは、10月末に出る現代思想を読んでみてくださいな。
 整数は、誰もが素朴に理解しているし、日常的なものである。その整数の中に潜んでいる謎を解明するために、非常に高度で、抽象的で、形而上的で、もっというなら「幻想的」とさえいえる手法を使わなければならない、というのはとても示唆的なことである。数論の発展は、人間の数学能力の発展とシンクロしていっているのだ。人類は最も身近で原始的でインネイト(生まれつき備わっている、という意味)なアイテム「整数」をつきつめるために、最高レベルに発達した人類の知性と抽象能力を使わなければならず、さらにいうなら、そのためにこそ、人類は、とてつもない「知の地平」に向かって突き進んでいる、というわけなのだ。
 おまけ、ということで、ゼータ関数のわくわくどきどきの法則をいくつか紹介。成り立つ理由をしりたい人は、『数学の夢〜素数からのひろがり』をひもといてがんばって理解して欲しい。

 (平方数の逆数の和)=(1/1)+(1/4)+(1/9)+(1/16)+・・・=(円周率の2乗/6)
(4乗数の逆数の和)=(1/1)+(1/16)+(1/81)+(1/256)+・・・=(円周率の4乗/90)
 (自然数の和)=1+2+3+4+・・・=(−1/12)
 (平方数の和)=1+4+9+16+・・・=0

*あとの二つは、ぼくの書き間違いだと思う人がいると思うけど、違うんだなあ。黒川先生の本の42ページにちゃんとこの通り書いてある。説明は、「解析接続」としか書いてないけどさ。『現代思想』で、ぼくがちらっと補足解説をしているので、刊行されたらそれを読んでもいいね。