シン・リーマン予想

今回も、基本的には、ぼくの新著『素数ほどステキな数はない』技術評論社の販促のエントリーなんだけど、「深リーマン予想ラマヌジャン」にまつわる話を紹介しようと思う。「深リーマン予想」は、数学者の黒川信重さんの命名らしいけど、ぼくは庵野秀明監督にあやかって、「シン・リーマン予想」と改名したいと思う。笑

庵野監督は、最近、「シン・ゴジラ」「シン・エヴァンゲリオン」「シン・ウルトラマン」と「シン」を連発しているんだけど、ご本人によれば、「シン」の解釈は「新」でも「真」でも「神」でもなんでもいいとのこと。だからもちろん、「深」でも良いはず。そこで「深リーマン予想」も「シン・リーマン予想」と呼ぶ。

 「シン・リーマン予想」とは、リーマン予想よりも強い予想のこと。つまり、「シン・リーマン予想」が証明されれば、自動的にリーマン予想が証明される。リーマン予想というのは、リーマン・ゼータ関数

\zeta(s)=\frac{1}{1^s}+\frac{1}{2^s}+\frac{1}{3^s}+\dots

に関する予想だ。この右辺は、(sの実部)>1に対しては収束するが、(sの実部)≦1では発散するので、それらのsに対しては「解析接続」という方法で値を決める。(解析接続は簡単に説明するのが困難なので、是非、拙著を読んで理解して欲しい。笑)。このゼータ関数についての、\zeta(s)=0となるsで、虚部が0でないもの(s=a+bi(b\neq0))、すなわち、「虚の零点」について、「その実部aがみんな1/2である」、という予想がリーマン予想だ。言い換えると、虚の零点が虚軸に平行な直線上に並んでいる、ということ。リーマンが予想を提出してから、150年以上経過した今も解かれていない超難問である(ミレニアム問題なので、解けば1億円もらえる)。

実は、ゼータ関数の親戚にL関数というのがある。それは、

L(s)=\frac{1}{1^s}-\frac{1}{3^s}+\frac{1}{5^s}-\frac{1}{7^s}\dots

というものだ(全奇数にわたり、±は交互)。ディリクレが研究したので「ディリクレ級数」と呼ぶが、オイラーも研究していたそうな。もっと一般には、

L(s, \chi)=\frac{\chi(1)}{1^s}+\frac{\chi(2)}{2^s}+\frac{\chi(3)}{3^s}+\frac{\chi(4)}{4^s}\dots

ここで\chi(k)は、ディリクレ指標と呼ばれるもので、整数から複素数へのmod. Nでの積を保存する写像だ。(詳しくは、拙新著を参照のこと)。このL関数にもリーマン予想と同じ帰結(虚の零点の実部はみな1/2)が予想されており、それを「L関数のリーマン予想」と言う。

これらのリーマン予想を攻略する新しい道筋として、2010年頃から研究されだしたのが「深リーマン予想(Deep Riemann Hypothesis;DRH)」なのだ。そして、この研究が進行する中で、すごいことがわかった。それは、ラマヌジャンがこのDRHの一部と思しき結果を1915年にすでに導出していた、ということだ。おそるべき数学者ラマヌジャン

ちなみに、拙著『素数ほどステキな数はない』では、ベルトラン予想「任意の自然数nに対して、nより大きく2n以下の素数が存在する」に対するラマヌジャンのあまりにみごとな証明を完全収録しているので、是非、読んでラマヌジャンのファンになってほしい(しつこい)。

 前回のエントリー

ぼくの新著で「素数名人」まで昇りつめてください。 - hiroyukikojima’s blog

では、ラマヌジャンの人生を描いた映画「奇跡がくれた数式」の紹介をした。そこでぼくは、「ラマヌジャンをイギリスに招聘したハーディをちょっと美化しすぎている」というようなことを述べたのだけど、黒川信重さんの『ラマヌジャン ζの衝撃現代数学社を読み直したら、これについてすごいことが書いてあったので、まずは、それを引用しよう。

ハーディとリトルウッドにとっては、ラマヌジャンがイギリスに来た1914年からラマヌジャンの書いたノートなどの数式は自分達の身の回りにあふれていて日常見慣れた風景になっていて、自分達のものと区別がつかなくなっていたようです。前にも触れましたが、ラマヌジャンが書いた式に間違いを発見すれば、ハーディとリトルウッドの2人だけで間違いを直し、2人だけの論文として盗んで発表するということもやっていました。

 つまり、ラマヌジャンのアイデアをどんどん吸収し、換骨奪胎して数学を作り上げて行くというのがハーディとリトルウッドの方針でした。数学界を引っ張っていくリーダーたちがこれでは20世紀の数学者たちが見習ってひどい状態となっているのは無理ないことなのかもしれません。21世紀に数学をはじめた君たちは、こんなまねをしないでください。

前回にもこの本からのハーディについての引用をしたけど、ハーディという人は、映画で描かれているのとはだいぶ違う人格の数学者だと思い知らされる。黒川さんのこの本には、黒川さん自身が同じような経験をしたことを告白している。どんなことかは本で確認されたし。

 さて、「シン・リーマン予想」の話に移ろう。

ゼータ関数の顕著な特徴は、「素数の無限積」で表わされる、ということだ。すなわち、

\zeta(s)=(\frac{1}{1-\frac{1}{2^s}})(\frac{1}{1-\frac{1}{3^s}})(\frac{1}{1-\frac{1}{5^s}})\dots

という全素数にわたる積で表わされる。これを「オイラー」と呼ぶ。なぜこうなるかは、拙著で理解してほしい(くどいと怒るなかれ。販促の故ですがな)。

L関数もオイラー積表現を持ち、以下である。

\zeta(s)=(\frac{1}{1-\frac{-1}{3^s}})(\frac{1}{1-\frac{1}{5^s}})(\frac{1}{1-\frac{-1}{7^s}})\dots

積は全奇素数にわたり、4n+1型素数については分子の符号はプラス、4n+3型素数については分子の符号はマイナスになっている。

「シン・リーマン予想」の着眼点は、「オイラー積の収束の様子を見る」ということだ。

L関数(無限和)は、(sの実部)>1で絶対収束する。ここで絶対収束とは、各項の絶対値をとっても和が収束することで項の順序を入れ換えられる。L関数のオイラー積も(sの実部)>1で絶対収束する(無限積(1+a_1)(1+a_2)(1+a_3)\dotsの絶対収束とは、無限積(1+|a_1|)(1+|a_2|)(1+|a_3|)\dotsが収束すること。積の順序を入れ換えられる)。

問題は、(sの実部)=1や0<(sの実部)<1ではどうなるか?ということ。L関数(無限和)は、0<(sの実部)≦1で条件収束することがわかっている(順序を変えずに足せば収束するということ)。他方、オイラー積は(sの実部)=1で条件収束することがわかっており(メルテンスの定理)、また、0<(sの実部)<\frac{1}{2}に対しては発散することが分かっている。だから問題になるのは、

\frac{1}{2}≦(sの実部)<1

でどうなるか。そこで、「オイラー積は\frac{1}{2}<(sの実部)<1に対して条件収束する」という予想が「オイラー積収束予想」と呼ばれる。これが証明できれば、L関数のリーマン予想は証明されてしまう。なぜなら、オイラー積が収束すればそれは非零(0でない)だとわかるからだ。オイラー積が収束か発散かを調べるのだから、具体性があり、零点全部の実部を考えるよりずっとアプローチしやすそうに見える。

そして、残るひとつ、「オイラー積は(sの実部)=\frac{1}{2}に対して(零点以外では)条件収束する」を「シン・リーマン予想」と呼ぶ。実は、この「シン・リーマン予想」が証明されれば、「オイラー積収束予想」もおまけとして出てしまう。なぜなら、もしも、\frac{1}{2}<(sの実部)<1のどれかのs_0で発散したとすれば、s_0より実部の小さい任意のsで発散することになるので、\frac{1}{2}でも発散することになるからだ。したがって、

「シン・リーマン予想」⇒「オイラー積収束予想」⇒「リーマン予想

というふうに演繹されるから、「シン・リーマン予想」が「リーマン予想」より強い予想であるとわかる。

ちなみに条件収束の雰囲気を理解するために、「メルテンスの定理」を記述しておく。慣れないと記号が難しいと思うが、条件収束を理解するためにはこうするしかないのでご容赦いただきたい。

\lim_{x\to\infty}\prod_{p\leq x, p\neq2}(1-(-1)^{\frac{p-1}{2}}\frac{1}{p})^{-1}=\frac{\pi}{4}

これは、x以下の奇素数についてのオイラー積を作っておいて、x\to\inftyとしているので、素数の小さい順からオイラー積に参加させていって極限をとっていることを意味する。つまり、オイラー積が\frac{\pi}{4}に「条件」収束することを表している。ちなみに、L関数のs=1のときの値L(1)は、上の定義から、

L(1)=\frac{1}{1}-\frac{1}{3}+\frac{1}{5}-\frac{1}{7}\dots

だが、これが\frac{\pi}{4}に収束することは、高校数学でも証明できる程度のことだ(tanの積分)。

「シン・リーマン予想」は、(証明しやすいか否かはさておき)、実証的に検証するには向いている定理である。以下の図は、プレプリント「EULER PRODUCTS BEYOND THE BOUNDARY」(KIMURA, KOYAMA,KUROKAWA(2013))をコピペしたものである(プレプリントのリンク先は一番最後に張る)。この図は、黒川・小山『ラマヌジャン<<ゼータ関数論文集>>』日本評論社にも、小山『素数ゼータ関数共立出版にも掲載されている。

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横軸は、\frac{1}{2}+ittを、各曲線は参加する素数を小さい方から10個、100個、1000個として計算した有限部分を表している(上図が実部で、下図が虚部)。この図で、オイラー積の参加素数を小さい順に増やしていくと、オイラー積の値がL関数の値に近づいていくことが見てとれる。「シン・リーマン予想」が正しそうな証拠だ。

面白いのは、ディリクレ指標を変えると不思議な現象が起きることである。

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上の図は、あるディリクレ指標に対するものだが、t=0でジャンプが見れらる。これは、L関数の1/2における値ではなく、その\sqrt{2}倍に収束するように見える。これも「シン・リーマン予想」の一部である。

(参考文献)TARO KIMURA∗, SHIN-YA KOYAMA, AND NOBUSHIGE KUROKAWA;

``EULER PRODUCTS BEYOND THE BOUNDARY''   https://arxiv.org/abs/1210.1216 

(このプレプリントの著者の一人の方に、きれいな図版のDLの仕方を教えていただきました。ありがとうございます!9/25)

以上のように、「シン・リーマン予想」の発見から、リーマン予想は新しい段階に入ったと言えるだろう。ぼくの新著では、この「シン・リーマン予想」に触れる余裕がなかったが、ぼくの新著でリーマン予想に触れた上で、(はい、しつこいですね、笑)、是非とも「シン・リーマン予想」に踏み出し、できますれば、これを解決して(1億円ゲットして)ほしい。参考文献を下にリンクする。