もうすぐ、新著『戦略とゲームの理論』が出ます!

松原望先生との共著で、ぼくの新著となる『戦略とゲームの理論』東京図書の見本刷りが手元に届いた。企画から刊行まで二年以上もかかったので、とても感慨深い。以下のような本。来週の土曜日(10日)頃には書店に並ぶ予定だ。

戦略とゲームの理論

戦略とゲームの理論

この本のポイントは、端的に言うなら、タイトルの「戦略と」のところにある。一般にゲーム理論の本というと、ゲームの例をいくつか提示し、そのナッシュ均衡を与えることに終始している。それはそれで、ゲーム理論家として正しい常識的な態度なんだと思う。でも、松原先生とぼくの目論見は、それとはまったく別のところにある。ナッシュ均衡なんてどうでもいい、というか、若干批判的なスタンスさえとっている。我々の本の目標は、ナッシュ均衡がどんなものかではなく、人間がその集団の中で使う戦略が、いったいどういう思考の結果であり、どんな意味を持っているか、というゲーム理論本来の問題意識の、その答えに肉薄したい、ということなのだ。だって、ゲーム理論が明らかにしようとしてるのは、人間の行動の背後にある推論や思考がどんなもので、その多層的な絡まりから、どんな社会の様相が生じるか、ということだと思うのだ。それこそが、創始者であるフォン・ノイマンとモルゲンシュテルンの動機だったのではあるまいか。
そんなわけで、目次を列挙すると、下のような感じ。

Chapter.1 ゲーム理論とは
01.非協力ゲームとは 
02.協力ゲームとは  
03.協力ゲームの解
 
Chapter.2 ゲーム理論の数学
01.選好順序  
02.効用でゲームを解く 
03.確率でゲームを解く 
04.共有知識  
05.ナッシュ均衡点と不動点定理  
06.囚人のジレンマ
07.協力ゲームの歴史
 
Chapter.3 展開形ゲーム
01.展開形ゲームの要旨
02.部分(サブ)ゲーム完全均衡
 
Chapter.4 協力ゲームと非協力ゲームを統合する
01.ナッシュプログラム
02.アイスクリームを分け合うゲーム
03.まずは有限回ゲームで考える
04.再帰構造を利用した解法
05.シャプレー値の意味と計算法
06.シャプレー解を展開形ゲームで実現するには
 
Chapter.5 戦略決定の思考
01.戦略を選ぶための推論
02.マクスミン原理とはどんな推論か
03.強支配による逐次消去
04.銀行倒産のモデルと協調ゲーム
05.グローバルゲーム
06.グローバルゲームの均衡を逐次的に解く
07.情報不完備ゲーム
 
Chapter.6 ゲーム理論が他分野に与えたインパク
01.統計学〜自然と人間のゲーム
02.確率論〜測度論を使わない考え方

眺めていただけばおわかりになると思うが、いくつかの特徴を持っている。
一つは、「協力ゲーム」を「非協力ゲーム」と対等に扱っている、ということ。協力ゲームとは、プレーヤーたちが十分にコミュニケーションや交渉を行うことができ、拘束力のある「約束」が可能であるようなゲームだ。要するに、「合意の形成」をゲームに見立てている、ということ。それに対して、非協力ゲームとは、プレーヤーに明示的なコミュニケーションがなく、仮にできたとしても、その約束に拘束力はなく、結局は互いに戦略を読みあうことで行動を決めるものだ。要するに「信じられるのは自分だけ、というバトル」だと思っていい。この2種類のゲームは、フォン・ノイマンとモルゲンシュテルンがゲーム理論を打ち立てた当初から存在していたが、彼らの本では協力ゲームに重きがあり、全体の3分の2ぐらいを占めていた。しかし、その後、ナッシュによって非協力ゲームの定式化がなされ、ナッシュ均衡という均衡概念が提示されてから、非協力ゲームのナッシュ均衡こそがゲーム理論、という風潮が支配的になり、そこに研究が集中することとなったのである。しかし本書では、創始者の気運に回帰して、協力ゲームにも大きなウェイトを与えている。たとえば、4章では、協力ゲームの代表的な解の一つである「シャプレー解」を非協力ゲームの構造から導出するグルの論文を紹介している。これは、現在、静かに進行している「協力ゲームと非協力ゲームの統合」の試みの一つなのだ。
もう一つ特徴をあげるとすれば、(冒頭にも語ったが)、均衡よりも戦略にフォーカスをあてている、ということである。なぜ、そこに興味があるか、というと、我々にとっては、均衡よりも戦略のほうが実践的に役に立つからだ。たとえば、「Xという状態がナッシュ均衡」というゲーム理論の標準的な結論は、実生活にはぜんぜん役立てられない。せいぜい「彼女に振られたのは、悪いナッシュ均衡に陥ったからだ」みたいに、「しかたなかった」的いいわけで自分を慰めるときに役立つ程度である。でも、戦略を学ぶことはそうではない。戦略とは、なにがしかの合理性や効率性や有効性を備えた行動プロセスである。これを理解することで、「相手をどうハメるか」「相手の下心をどう見破るか」「誰とどう結託すべきか」といったことに、それなりの指針を持つことができる。
一例として、第6章で、シェーファーとウォフクの与えた全く新しくて斬新な確率の考え方、を提示している。これは、「完全に対等な賭けでなければ(大数の法則が成り立たないコインによる賭けなら)、有限の資金を、途中で破産せずに、必ず無限に増やすことができる、そういう賭けの戦略が存在する」という画期的な定理なのである。まさに、ゲーム理論における(均衡ではなく)「戦略の考え方」を応用したものなのだ。
 そんなわけで本書は、フォン・ノイマンの初心に回帰し、そこを再度出発点にしてゲーム理論の次なる段階を模索しようとしている本だと(我々は)思う。1章から3章は、フォン・ノイマンのモチベーションから、ゲーム理論の枠組みを解説する部分で、4章から6章は、ゲーム理論ナッシュ均衡帝国主義の中に閉塞する現状を打破していこうとしている現代の試みのいくつかを紹介するものとなっている。まあ、野心的といえば、野心的なんだけど、もちろん、きちんと初学者にも読め、理解できるように、押さえるべきことはみんな押さえて書いているつもりなので、キワモノではないのでご安心を。とりわけ、ぼくの本にいつも「教養が足りないなあ」「ユーモアがないなあ」などと感じて不満のあったかたは、松原望先生の教養とユーモア溢れる記述によって、ぼくの単著とは別種の味わいを得られると思うので、是非、手に取ってみてくだされ。