大金持ちになれる確率理論?

 ぼくの新著『確率を攻略する ギャンブルから未来を決める最新理論まで』ブルーバックスについては、これまでも2回、キャンペーンのためのエントリーをしてきた。一回目は、来週に新著が出ます! 確率の本です! - hiroyukikojimaの日記で、ここでは、本の概要を簡単に紹介した上で序文を晒した。二回目は、確率は観測可能なのか? - hiroyukikojimaの日記で、こっちでは、ぼくがこの本に掲げたテーマについて語った。それは、「確率っていったい何なの? それは実在するの?」というテーマだった。実際、ぼくが本書の企画を最初に編集者に提示したときは、「確率とは何か」というシンプルな仮題をつけていた。刊行の段になって、出版社側の意向も踏まえて、現在のタイトルが採用されることになった。

さて、三回目の販促のエントリーとなる今回は、本書が最もウリとする「シェイファー・ウォフクの定理」を紹介するとしよう。これは、統計学者シェイファーと数学者ウォフクのコンビが、21世紀に提出した、最新の確率理論であり、もっと言うなら、最新の確率思想である。
「シェイファー・ウォフクの定理」を簡単に述べると、「公平でない賭けに対しては、有限の資金を、破産せずに借金もせずに、無限大に増やす戦略が存在する」というものだ。これは、「大数の強法則(確率がpの独立試行を無限に繰り返すと、その実現頻度の極限がpである確率は1)」に対応する定理である。「大数の強法則」には、このように「確率」という概念が使われている(確率の循環論→確率は観測可能なのか? - hiroyukikojimaの日記参照)のに対して、「シェイファー・ウォフクの定理」には確率という言葉が一度も現れない。だから、彼らの定理は、確率という概念をアプリオリに使わないで、「大数の強法則」と同内容の定理を与えたことなるのである。
本書では、「シェイファー・ウォフクの定理」のコイン・バージョンの完全な証明を紹介している。書き方を相当に工夫したので、たぶん、彼らの本(とそれを紹介した竹内啓さんの本)よりもわかりやすい自信がある。根気さえあれば、高校生にも理解できるように、self-containedに書いた。
 賭け(ギャンブル)に対する必勝法として有名なのは、マルチンゲール戦略と呼ばれるものである。ここでの賭けは、負けたら賭け金を没収され、勝ったら賭け金と同じ額を受け取る、という通常のギャンブルを想定している。
 マルチンゲール戦法とは、「1円から賭けはじめ、負けたら賭け金を倍々と増やし、勝ったら賭け金を1円に戻す」ことを繰り返していく戦法だ。例えば、5回負けたら、失う額が1+2+4+8+16=31円である。6回目の賭け金は32円になるが、ここで勝てば、失った31円を取り返した上で、さらに1円儲かる。このことは、等比数列の和の公式からいつでも成り立つ。したがって、この戦法を続けていく限り、どこかでプラス・マイナスで1円を儲けとなることが無限回起きるので、資金が無限大に増えるように思える。
 このマルチンゲール戦略を実際に使う人が多いと耳にする。西原理恵子さんのマンガにも、「倍々プッシュ戦略」という名称で、マルチンゲール戦略が登場したのを見かけたことがある。マルチンゲールという言葉は、古いフランス語だが、このような名称が定着したのはこの戦法を使う人が後を絶たないからだろう。(名称の由来については、本書『確率を攻略する ギャンブルから未来を決める最新理論まで』を参照のこと)。
 ただし、この戦法には、大きな欠点がある。それは、賭け金の額がすぐに膨大になり、多くの場合は破産にしてしまうことである。実際、谷岡一郎さんの名著『ツキの法則』PHP新書には、この戦法を、「最も早く負けることのできる必敗戦略」として紹介してあった(気がする)。
 さて、そこで、「シェイファー・ウォフクの定理」の証明に現れる「シェイファー・ウォフクの戦略」だ。
この戦略では、借金することも不要、にもかかわらず破産することなく、資金を無限大に増やすことができるのだ。ただし、「大数の強法則」の成り立っていない賭け(コインで言えば、表の頻度の極限が0.5でない流列に対して賭けること)の場合に、である。さらには、彼らの戦略は、意外なことにも、非常にシンプルなものなのである。コインの表裏を当てる賭けに関して、彼らの戦法のエッセンスをおおざっぱに書くと次のようなものだ。

(1)いつも表と裏に両賭けする。
(2)表に賭ける資金と、裏に賭ける資金を用意し、いつも資金の一定割合を賭ける。
(3)したがって、一回前が表なら、自動的に、表に賭ける額を増やし裏に賭ける額を減らすことになる。一回前が裏ならこれと逆になる。

どうだろう。非常に簡単な戦法に見えるだろう。この戦法を使えば、表の頻度の極限が0.5より大きい流列に対しても、逆の流列に対しても、(あるいは振動する流列に対しても)、資金は自動的に無限大に増えるのである。
 ガマの油売りの口上のようで申し訳ないが、この戦法が資金を無限大に増やす証明は、本書『確率を攻略する ギャンブルから未来を決める最新理論まで』の第11章で読んで理解して欲しい。(あくまで販促だからね、ここには書かないよ)。証明を読めばわかることだが、「シェイファー・ウォフクの戦略」は、マルチンゲール戦略とは対極に位置する戦法なのだ。つまり、本当の必勝法は、全く逆側にあった、ということなのだ。
 さて、「シェイファー・ウォフクの戦略」で、例えば、カジノとか金融市場とかのギャンブル場で、実際に大金持ちになるだろうか?
実は、ことはそう簡単ではない。そうは問屋が卸してくれない、いくつかの実現困難な「前提」を「シェイファー・ウォフクの戦略」は抱えているのだ。このことも本書で、確認して欲しい(ほうら、もう買わないわけにはいかないでしょ)。でも、それは「シェイファー・ウォフクの戦略」をそのまま使った場合の話である。これに改良を加えたり、この発想を別の手法に活かしたりすれば、現実に実行可能な「大金持ちになる投資戦略」を編み出せないとも限らない。(っていうか、いくつかの金融系シンクタンクでは、すでに取り組んでいる予感がするよ)。うまくいくかどうかは、あなたがどのくらい、大金持ちになることにモチベーションが強く、そして、どのくらい数学に強いかに依存することになるだろう。ぼく自身は、いろいろな困難をクリアしながら、実行可能な「大金持ちになる必勝戦略」を編み出すことより、「確率とは何か」の解答を得ることのほうに意欲が強いので、「シェイファー・ウォフクの確率論(ゲーム論的確率論)」そのもののと、まだまだ格闘するつもりである(はい、強がり、負け惜しみですね・・・笑)
 蛇足になるかもしれないが、マルチンゲール戦略が必勝戦略でないことを説得するために生み出された理論に、その名も「マルチンゲール理論」というのがある。これは、ドゥーブという数学者が推し進めた、非常に面白い確率理論だ。このマルチンゲール理論についても、初心者向けの入門用の解説を本書に入れてあるので、ご期待あれ。