泡坂妻夫さんと会ったときの話

 ぼくは1993年、『数学セミナー』の巻頭コラムを担当した。
この雑誌は、ぼくが中学・高校のときに夢中になったものだけに、
この仕事はとても名誉であり、嬉しい仕事となった。


 その連載の第1回では、奇術における数理トリックを紹介した。
まず、デビッド・カッパーフィールドがテレビで行った驚異的な奇術の紹介。
相手に予定したカードを取らせることを、専門の言葉でフォースというが、
何千万人という視聴者全員にフォースを仕掛けたマジックは、これ以外には知らない。
しかもそのタネは、数理的なものであり、数学の証明によく現れる「市松模様塗り分け」
というテクニックだった。


その次に紹介したのは、推理作家であり、マジシャンとしても有名な泡坂妻夫の数当て奇術である。
これは、客に勝手な数を思い浮かべてもらい、16個の数を書いた5種類のカードのうち、
どれとどれに思い浮かべた数が書いてあるかを言ってもらう。
そして、瞬時に相手の数を当てる、というものだ。
このトリックで有名なのは2進法の原理を使うものである。
すべての自然数は2のべき乗数の幾つかの和で一意的に書けることを利用するものだ。
しかし、良く見てみると、泡坂のカードたちは、それとは違うのだ。
つまり、泡坂は、別の一意的加法分解を自分で考え出した、ということになる。ちょっとした
加法的整数論の定理を発見した、といってもいい。マジックのために、数学の定理を
見つける、というのは、なかなか面白い動機だと思う。


このコラムを書いたあと、『数学セミナー』の編集者から、泡坂妻夫との対談を持ちかけられた。
もちろん、ぼくはいちもにもなく、引き受けた。
泡坂さんも快諾してくれて、遂に憧れの作家と会うチャンスが到来したのだ。
つくづくチャンスというのは自分で引き寄せるものである。


ぼくは、泡坂さんの作品は、ほぼデビュー時から愛読していた。
当時、大学受験に失敗して予備校に通っていたのだが、そのとき、隣に座った予備校生の、
その友人ととても親しくなった。彼は、熱狂的な推理小説マニアで、
いろいろな作品をぼくに紹介してくれた。
とりわけ、重要だったのは、雑誌『幻影城』を薦めてくれたことだ。
この雑誌にデビューしたばかりの泡坂さんが連載を開始したところだった。
ぼくとその友人は、東大に合格したら共作で推理小説を書いて『幻影城』の新人賞に応募しよう、
と約束し、暗い予備校生活を楽しく過ごすことができた。
そして、ちゃんと二人とも東大に合格して、約束した通り、推理小説を共作し、応募もした。
その顛末は別の機会に譲ることにして、泡坂さんの話に戻ることにする。


そんな風に、ぼくは泡坂さんの熱狂的なファンだったため、正直なところ対談は
うまく行かなかったように思った。ぼくは、泡坂さんを前にして、緊張していまい、
上手に話を引き出すことができなかったし、泡坂さんは泡坂さんで、数学の雑誌と
いうことに身構えすぎてしまった風だった。


しかもそれに追い打ちをかけてしまったのは、よせばいいの泡坂さんの前で出来の悪い数理
トリックを実演してしまったことだった。
それでも一ヶ月もかけて考えたものだった。(2平方数定理を使うトリックだった)。
できが悪いからやるかやらないか迷ったのだが、場の固い雰囲気をなんとかしなきゃと
思ってやってしまった。
これは、泡坂さんをいささか怒らせてしまったようだった。
奇術の体を成してない、と言われた。


ぼくは、口直しに何か見せてください、とずうずうしいお願いをした。
でも、それで、奇術をはじめた泡坂さんから緊迫した空気のようなものが消滅していったので、
結果オーライじゃないかな、と今では思う。


非常に面白い数理トリックのカードマジックを見せてもらった。
家に帰ってから、その手順を再現したぼくは、その巧妙な仕掛けに舌を巻いた。
(これは教えないよ)


そのときに見せてもらったマジックで今でもわからないものがある。
湾曲したプラスティックの半ば透明なただの小さな板があって、それをテーブルの上で
回転させる。当然、回転が弱くなりやがて止まるのだが、止まったあと、今度は自然に
逆回転を始めるのである。泡坂さんは世界マジック大会で購入したものだ、といっていた。


対談が思うような成果を収められず、しかも、泡坂さんをちょっと怒らせてしまったことで、
ぼくは家に帰ってから落ち込んでいた。
でも、そんな気分を吹っ飛ばすできことがその後に起きた。
泡坂さんから一冊の本が送られてきたことだった。


それは『四角な鞄』という奇術書で、泡坂さんが本名・厚川昌男で書いたもので、
奇術の賞を受賞しているすごい本だ。
すごく欲しかった本だが、絶版で手に入らないでいた。
(ちなみに、泡坂妻夫厚川昌男アナグラムである)
もちろん、ぼくは飛び上がるくらい喜んだ。
泡坂さんは、怒っているどころか、ぼくとの対談をそれなりに楽しんでくれていたのだ。


なぜ、この本を下さったか、というと、それはぼくが対談のあいまの雑談で、泡坂さんのロープ
マジックのことに触れたからだ。
しかも、その話をすでに『数学セミナー』のコラムにも書いていた。
泡坂さんは帰宅後にそれを読み、それで本を送ってくださったのだと思う。
このロープトリックは、本当にすばらしいもので、ぼくもマジックショップで
買ってもっていたが、とんねるずが、テレビで演じたことを泡坂さんにしゃべった。
とんねるずのバージョンは、ぼくの持っているのに続きが加わっていたからだ。
すると、泡坂さんは、そっちがオリジナルです、と説明してくれた。
その話を翌日思い出して、すぐにぼくに『四角な鞄』を送ってくれたのである。


何事もいってみるもの、やってみるものである。
何かを、たとえそれが恥でさえあっても、何かを晒さなければ、人と人との関係は発展しない。
若いときは、とかく格好をつけたいのはよくわかるし、背伸びしてかっこつけるのも大事だとは
思う。でも、それで得られるのは「自分にとってカッコイイ自分」だけであり、外側の世界
は何も変わらないのだ。
ぼくは、このときほど、ぼくの恥晒しな性格を褒めてあげたかったことはない。


そんなわけだから、その厚川ロープトリックのことを、数学者をおちょくる話に
アレンジして書いた当時のコラムをそのまま、抜き書きしておこう。


"奇術師が登場、ロープを軽く結び、丸い輪を作る。
次にその上に輪をもうひとつ作り、客に示す。
数学者は体を乗り出す。
「どうせほどけるってんだろ? 基本群を計算すれば
わかることさ」
と余裕の表情。
奇術師は意味深に笑い、絡んだふたつの結び目を指で
小さくしごく。
と、突然、結び目はひとつの独立した輪となって
ポロンととれてしまう。
数学者は叫ぶ。
「ばかな! ありえない! 証明してみせよう。
連続写像による連結成分の像は・・・・」"


ちなみにこれらのコラムたちは、拙著『数学幻視行』新評論に収録されているが、
残念ながら現在絶版なので、読みたい場合は、図書館か古書店のほうでどうぞ。


(後日談)
田崎さんから教えていただいたところによると、逆回転する板は、
マジックではなく、れっきとした物理おもちゃなそうな。
ちゃんと物理法則にのっとって逆回転するとのこと。
ほ、欲しいぞ。


某所での田崎さんからコメントの引用
「途中から逆回転する物体は、rattleback と呼ばれているようです。
ラトルバックで検索すると、いろいろ出てきます。
とうぜん、ぼくも作るか入手するかすべきなのですが。」


確かにgoogleしたら、たくさん出てきた。