メカニズムデザインってだいじだと思う。

 坂井豊貴・藤中裕二・若山琢磨『メカニズムデザイン』ミネルヴァ書房を入手した。

メカニズムデザイン―資源配分制度の設計とインセンティブ

メカニズムデザイン―資源配分制度の設計とインセンティブ

 メカニズムデザインというのは、経済学の一分野で、昨年のノーベル経済学賞の受賞分野となったものだ[*1]。おおまかにいうと、「社会における制度や仕組みをどうやってうまく組み立て、それによって人々が個人の心の中に持つインセンティブをうまく露見させ、効率的な経済行動に導くか」といった問題を考える分野である。どんなものかをさくっと知りたいだけなら、ぼくがwired visonに書いた記事、http://wiredvision.jp/blog/kojima/200710/200710272250.htmlを読んでいただければいいと思う。これは「入門の入門」程度だが、これだけでも、というかこの程度だから、一般の人にも面白いと思っていただけるはずだ。
 現在、日本社会で起きているいくつかの問題を考えるのに、メカニズムデザインの考え方は重要だと思う。(その辺の話は、雑誌「現代思想」2008年8月号でも松井彰彦さんと論じている。関係性の社会思想へ - hiroyukikojimaの日記参照)。例えば、現在、深刻な問題となっている医師不足の問題なども、思いっきり関係がある。医局制度を変更(緩和)したため、研修医の行動が変化し、今までは地方の病院に供給されていた医師が供給されなくなってしまった、ということらしい。(Wikiで読むなら、医師不足)。これは、それまで研修医たちが、既存の制度の中で、どういうインセンティブを働かせて行動していたか、ということを緻密に考えないで、安易な発想のもとにシナリオを作ったため、予想外の行動を引き起こすことになって生じた問題だと思える。「完全に」とはいわないが、たとえ人命救助に燃えて医師になった人であっても、かなりな合理的な損得勘定のもとに行動しているはずで、自分たちを支配する仕組みが変われば、その中でそれなりに合理的に行動を変更するのは当然のことだ。そういうことを緻密に予想する、ということを、政治家に望むのは酷にしても、せめて上級官僚くらいはして欲しいもので、その際にはメカニズムデザインは役に立つだろう。
 坂井豊貴・藤中裕二・若山琢磨『メカニズムデザイン』ミネルヴァ書房は、まだパラパラと見ただけなので、断言はできないが、良い本である、という信念を読破する前からすでに形成している。なぜなら、ぼくが、著者の中の一人の坂井豊貴さんのファンだからである。坂井さんは、現在の日本の経済学者の中で、最もカッコイイ人の一人だと思っている。優秀な人はたくさんいるが、(というかみんなぼくとは比べものにならず優秀だが)、カッコイイ人というと真っ先に坂井さんの名を挙げる。どこがカッコイイかというと、プレゼンのスタイルである。彼のプレゼンは主に、スーツではなくジーンズとかのラフな格好でなされる。話し方もフレンドリーなので、聞いているものを油断させる。しかも、流行のパワーポイントではなく、わざとOHPシートとか黒板を利用する「変化球」ぶりである。それがまたひどく魅力的な使い方なのだ。そうやって油断させておきながら、実に難しい内容を、「なんだかわかったぞ、という気分」にさせてしまうのだ。議論はとてもシャープで、込み入った内容をかいつまむのがうまく、理論の急所を端的にピックアップし、どんな素材も簡単で面白く思わせてくれる。実際、ぼくは、彼の論文報告や討論者としての討論を聞く度、毎回、彼が引用している元論文を入手するはめになる。そしてその元論文を読んでみると、彼が話したほどには面白くなかったり、簡単じゃなかったりしてガッカリすることも多い。経済学会のテキヤ、そういう呼んでもいいような人なのである。( 誉めてるんだってば)。もしぼくが、まだ塾の取締役をやっていたら、間違えなく坂井さんをスカウトしたことだろう。その坂井さんが書いたのだから、きっとわかりやすくて、わくわくするような本に決まっている、と思う。
 そんなわけで最初のほうを見てみると、ほ〜ら、もう導入からしてすごく面白い。引用してみよう。( 以下は、p3より)

ソロモン王の前で、二人の女がある赤ん坊について「私がこの子の母だ」と主張していた。どちらか一方は本当にその子の母親だが、もう一方は嘘をついている。二人の訴えを聞いたソロモン王は、剣を持ってきて、その子を二つに切って半分ずつ分け与えるよう家臣に命じた。すると、本当の母親は咄嗟に、この子が殺されてはいけないと、嘘をついている女に子どもを渡そうとした。これによりソロモン王は、子どもを渡そうとする女が真の母親だと見抜き、子どもを切らないで、彼女を母親だと認める判決を下した。[旧約聖書「列王記3」より細部を省略して抜粋]

本書では、この話を、「ソロモン王が真実の母親を露見させるためのメカニズム」の話だと解釈している。こういうところが、坂井流のユニークさなのだ。(って、他の二人のいずれかが書いてたりして) 。これだけで終わったら、大岡越前とか遠山の金さんとかにもこの手の話あったよね、となってしまうが、本書では、このソロモン王のメカニズムデザインについて、別の解を与えている。一つは、1989年にグレーザーとマーの与えたメカニズムを応用した解であり、もう一つは2006年に三原が、2007年にチン、ヤンが与えた最新のメカニズムの応用である。これだけでもうツカミは十分だといえるだろう。
 一応、念のためいっておくと、本書のほとんどの部分は、ほんちゃんの経済理論の論文と同程度に高度な数学で記述されているので、専門家でないと読むのは苦しいと思う。それでも、普通の人が、ミーハー感覚で、知的オシャレの一貫として、手もとにおいておいて損はない。(←すまん、ものすごく嘘がある)。日本語の部分(数学記号のない部分) だけを読む、という楽しみ方もある。というか、現段階のぼくはそれだ。他方、ミクロ経済学の院生や専門家は必携だといっていい。
 関係ないけど、ぼくは実は、「業績がたくさんできるまでは、学会報告はスーツでしよう」と誓っているのだ。完全にとはいわないが、ラフなスタイルで報告する人は高業績の人が多いからだ。(逆は真ならず、ですからね、念のため)。でも、二度もその誓いが破られてしまった。一度は、新幹線に乗ってから、革靴ではなくスニーカーであることに気がついた。そのときはスーツにスニーカーというちぐはぐな格好で報告した。恥ずかしかった。また別のときは、新幹線を降りるときに、持参したスーツを車内に忘れてしまい、スーツだけが終点博多まで行ってしまった。このときは、ジーンズに革靴といういでたちで、必死で弁解しながら、報告をするはめになった。早く毎回ジーンズで報告できる人になりたいものだ。
 
[*1] ノーベル経済学賞がメカニズムデザインに与えられた話と、その歴史的生成過程については、http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/7697df0e5c677bc2cdb35c042d03f4a3がわかりやすい。少し専門的でいいなら、日本語のサーベイ自然なメカニズムデザインをめざしてがとてもいい。ぼくは、最初、これを斜め読みして、おおまかな勉強した。問題意識がわかってすごく興味が持てた。