思想としてのガロア理論

自分も寄稿している雑誌『現代思想青土社の4月号、特集「ガロアの思考〜若き数学者の革命」が届いた。

現代思想2011年4月号 特集=ガロアの思考 若き数学者の革命

現代思想2011年4月号 特集=ガロアの思考 若き数学者の革命

執筆陣が豪華だし、なかなかがんばった特集なので、紹介してみたいと思う。毎日毎日、「これは悪夢か幻覚ではないか」としか思えない緊迫した状況が続いていて、それどころでないかもしれないけど、(こんなときだからこその)抽象数学でひと時の息抜きをしていただければ、と思う。
ガロアは、19世紀のフランスの数学者で、19歳で300年以上未解決の難問を解き、20歳で決闘をして死んだ、というあまりに劇的な人生を送った天才だ。彼が解いたのは、「5次以上の方程式には、四則とべき乗根だけで表せる解の公式はあるかないか」という問題で、「ない」ということを証明した。(正確にいうと、5次以上の方程式の中には、四則とべき乗根で解けないものがある、ということを示した)。画期的だったのは、ガロアが証明に際して、「群」とか「体」とかいった代数的な素材を生み出したことだ。「群」や「体」や、その発展系は、まさに20世紀以降の数学の方向性を決めるものの一つとなったといっていい。天才にもほどがある。(ガロアについては、栄光なき天才たち - hiroyukikojimaの日記でも紹介している)。
今月号の『現代思想』は、このガロアの理論の特集である。ガロア生誕200年にちなんだ特集だ。これまでも同誌は数学の特集をしているが、一人の数学者を特集するのは冒険だと思う。だって、縦組みだからね。とにかく、多くの記事が読みにくいったらありゃしない。ぼくは常々、いろんな出版社の編集者に、「数学の本を出すなら横組みにしようよ、売れ行きには影響ないってば」と提案してるんだけど、みんな尻込みしてして、「他の出版社が成功したらね」といって聞いてくれない。売れないとすれば、それは内容の問題だってば。面白いなら、横組みだって読者は気にしないってば。(まあ、一種のナッシュ均衡になっちゃってるわけなんだわな。)
ガロアの思考〜若き数学者の革命」には、数学系の人と物理系の人が寄稿している。ぼくは「空間の『形』を知るための武器」という記事で参加している。ぼくに記事の依頼があったのは、昨年『天才ガロアの発想力』技術評論社というのを刊行したからだろう。今回の記事は、この本の最後の章に書いた位相空間ガロア理論を、もっと初歩から丁寧に論じた。
天才ガロアの発想力 ?対称性と群が明かす方程式の秘密? (tanQブックス)

天才ガロアの発想力 ?対称性と群が明かす方程式の秘密? (tanQブックス)

(この本については、『天才ガロアの発想力』出ました! - hiroyukikojimaの日記参照のこと)
今回は、どの記事も面白かったのだけれど、とりわけ、サイエンスライター竹内薫さんの「ガロアは現代物理学の源流だ!」に感銘を受けた。なんといっても、その面白くて読みやすい文体がスゴイ。さすがプロ。ガロアと物理学を語っているのにスルスルと読めてしまう。こういう芸当はまねできない。亡き森毅さん(合掌…)を彷彿とさせる達筆ぶりである。とりわけ、上記のぼくの本を紹介してくださったうえ、次のように書いてくれたのは、胸がすく思いだった。

以前、大学の数学科の学生(とおぼしき人物)がアマゾンの書評で、小島センセの本に文句を言っていたが、それはお門違いというものだろう。数学科の学生が読むべきは専門書であり、啓蒙書は一般の数学ファンのために書かれているのだから。

いやあ、ぼくはたいていのアマゾンでの酷評はスルーできるのだけど、実はこの書評には久々に頭にきたのだよね。「なんなんだ、こいつ???」って思った。こいつのいっていることは、「ラーメン屋に入って、フルコースの中華料理でないと難癖をつけている」に等しいことで、オツムは大丈夫なのか、首をかしげた。にしても、この際だからいうけど、アマゾンでしたり顔でピントはずれの批判を書くやつのインセンティブ(あるいは、利益、効用、ペイオフ)ってなんなんでしょうね。いずれ、経済学者として冷静に分析してみたいとは思う(笑い)。竹内薫さんの文書で、他に気に入ったものを引用するとすれば、たとえば以下のものなんかだ。

超ひも理論を勉強すると、不思議な感覚に襲われる。従来は、素粒子という、確固たる実在があって、それを群論で分類するようなイメージが強かった。ところが、超ひも理論となると、まるで、「初めに対称性ありき」という感じなのだ。最初に「群」があって、その対称性に合うような超ひもだけが存在できる。なんだか、対称性と物理的実在の関係が逆転しているかのような印象を受けてしまう。

こういうところが、さすが、プロの文筆家。『現代思想』という雑誌の潜在的要求をちゃんとクリアしている。カッコいいっす。
数学系の人々の論説も、それぞれに面白い。上野健爾さんは、ガロアの人生をまとめながら、じわじわと専門である代数幾何の発展に読者を導いている。そして、ガロアから始まる現代代数学の潮流について、次のように述べている。

方程式が与えられればそのガロア群は決まる。しかし、具体的に方程式を与えたときに、そのガロア群を計算することは一般には決して簡単ではない。簡単には計算できないにもかかわらず、ガロア群を定義することができることはよく考えると奇妙なことである。(中略)。しかし、それは現代数学に一般的な特徴である。(中略)。具体的な計算ができる例はわずかしかなくても、矛盾なく定義できることが分かることが重要なのである。

これまた、「思想」だよね。それから、黒川信重さんは、例のごとく(笑い)、ご自身の先端理論「絶対数学」を熱く語り、その中で、「絶対ガロア理論」というものを打ち出しておられる。いつもながら楽しい。それから、砂田利一さんの「ガロア理論体験記」には、じわっと来た。これは、砂田さんが、専門である幾何学の業績をつくっていく中で、どんなふうにガロア理論に影響され、それを意識していったか、ということを自伝的に回顧されている。数学者が、どんなモチベーションで理論に取り組み、どんな描像から理論のアイデアをつかみ、そして形にしていったか、ということはあまり聞けない話なので、若い数学学徒に参考になることはいうまでもなく、一般数学ファンにも興味深い記事だと思う。
あと、数論幾何の若き俊英の吉田輝義さんの「ガロア理論の基本定理」もディープな記事だ。ガロア理論の奥底にある発想をことばで論じたあと、ガロア理論のポイントになる二つの重要な定理に、現代代数学的な証明を(簡潔に)与えている。(縦組みなのが、あまりに恨めしい)。実際、この二つの定理こそまさに、ぼくが『天才ガロアの発想力』技術評論社の中で書けなかったものであり、前述のアマゾン生意気小僧(笑い)に絡まれる原因となったものの一部だ。拙著は、とにかく、中学生にも読めるようにしたため、線形代数と対称群の性質をカットしたので、どうしても解説できないことが出てきてしまう。吉田さんが与えた定理と、5次対称群が非可解であることには届かなかった。ぼくの現在の力量では、ここのところを一般読者にわかりやすく簡潔に伝えることができそうになかったからカットしたのだ。吉田さん自身も、これらの証明を「これは数学科の学生向けの教科書でもすっきりした説明があまりされていないように思われる」と書いているので、ああやっぱりそうなのか、と思った。というわけで、この吉田さんの記事は、ガロア理論完全攻略を目指す人は必見だろう。
特集の中で、とりわけ異色なのは、竹縄知之さんの「リー群と可積分性」。これは、「微分方程式ガロア理論」と呼ばれる理論の歴史を総覧してくれる記事だ。ガロアが解いたのは「n次方程式が、四則とべき乗根で解ける条件」だったわけだけど、これを「微分方程式が、ふつうの積分とか、指数関数とかで解ける条件」に応用したものが、「微分方程式ガロア理論」なのである。竹縄さんは、これについてリッカチ方程式とかパンルヴェ方程式とかを主役に据えて解説している。この記事が有益なのは、「リー群」という「なんとなく耳にしたことはあるけどなんだかわからん」というものをわかるように簡単な例で解説してくれてること。しかも、ほとんど邦文での紹介のない数学者ソフス・リーについての伝記もついていて嬉しい。竹縄さんの解説は、非常に端的で、ぼくは数式を飛ばし読みしたけど、おおよそポイントを掴むことができた。微分方程式が解けることにも、「対称性とそれを表現する群」が本質的に関わっている、ということが理解できた。さらには、いったん忘れさられそうになったこの分野の研究が、物理におけるソリトンとかイジング模型とかの研究で再び脚光を浴びる、という経緯には胸がときめいた。こういうのが、まさに、数理分野のダイナミズムだね。そして、最後には、梅村浩やマルグランジュによって確立された最新の理論「微分ガロア理論」のおおまかな説明がついている。そこでは、群(グループ)を発展させた(制約を緩めた)亜群(グルポイド)の簡単な紹介もついていて得した気分になった。全体としてリッチな情報を含んだみごとなサーベイだと思う。
蛇足ではあるが、竹縄さんは一時、塾の同僚だった人で、拙著『ゼロから学ぶ線形代数講談社を書くときに、一緒にアイデアを練ってくれた人だ。

ゼロから学ぶ線形代数 (KS自然科学書ピ-ス)

ゼロから学ぶ線形代数 (KS自然科学書ピ-ス)

この本は、とにかく抽象的で操作が面倒でわかりにくい線形代数を、なんとかイメージ豊かに理解できるよう工夫した本。竹縄さんを含む数人の塾の同僚であれこれ議論して、「行列式を中心に据えること」、「普通はかなりあとで出てくる行列式を最初にもってくること」、「行列式とは結局、平行6面体の体積だということからすべての法則を導くこと」、「群論を使わないこと」という方針を決めた。この方法で線形代数を構築するのは、非常に難しい作業だったけど、竹縄さんのアイデアで難関を突破し、なんとか形にしたのである。この本は、(自称)傑作だと思うので、「線形代数わからん」、と苦悶しているかたはぜひ読んでみてほしい。竹縄さんは、疑問に思ったことは年上に対してでも、上司に対してでも、ずけずけと詰問する、という性癖を持っていた。ぼくは何度も追い詰められ、自説の誤りを認めさせられ、コテンパンにやられたが(笑い)、この記事でわかるようにとても優秀な人なので、今ではむしろこのことを誇りに思っている。
さてさて、最後はぼくの記事「空間の『形』を知るための武器」について。これには、『天才ガロアの発想力』技術評論社で十分には解説できなかった「位相空間ってなに?」というから説き起こしている。というか、「位相空間」は今、マイブームなのだ。その証拠に、たとえば、拙著『数学的思考の技術』ベスト新書では、村上春樹の小説(たとえば、『ノルウェイの森』とか『1Q84』とか)に、位相空間理論を援用してアプローチしていたりする。その勢い余って、最近はホモロジー理論などを勉強し直している。昔は、ぜんぜんわからなくて、苦しくて、あげくに単位まで落とした分野だ。それが、今は、面白くて仕方ないから人生わからんものだ。すでに長くなってるので、その話はまたいずれ、ということで。とにかく、この記事では、位相(トポロジー)の背後にある発想をぼくなりにイメージ化したうえで、位相空間の被覆空間というものでのガロア理論と、本家ガロア理論とを対応させてサーベイしている。、『天才ガロアの発想力』技術評論社を読んでくださった人は、この論考も併せると、より理解が深まると思う。あるいは、この本を買ったけどまだ読んでないかたは、最後の章に入る前にこの論考を読んでおくとわかりやすくなると思う。
いやあ、今回もめっちゃ長くなっちまったい。書くのに、3時間くらいかかった。笑い。
数学的思考の技術 (ベスト新書)

数学的思考の技術 (ベスト新書)