新著『景気を読みとく数学入門』が出ました!

いよいよ、今日あたりから、ぼくの新著『景気を読みとく数学入門』角川ソフィア文庫が書店に並ぶと思う。アマゾンにも入荷されたようだ。地震原発で、社会全体に自粛ムードが広がる中、広報活動をするのは心苦しいものもある。でも、精魂込めて書きおろしたことは事実だし、多くの人に読んでもらってわずかでも何か有益な知識を与えたいという思いも強いので、がんばって宣伝したいと思う。

景気を読みとく数学入門 (角川ソフィア文庫)

景気を読みとく数学入門 (角川ソフィア文庫)

今回の文庫は、角川ソフィア文庫の『世界を読みとく数学入門』と『無限を読みとく数学入門』の続編にあたるもので、3部作を構成するものだ。前2作でも、経済にまつわる数学のことを導入しているが、今回は、フルに、そして正面から、経済を扱った。
しかし、正確に言うと、2月に刊行した『数学的思考の技術』ベスト新書の姉妹編、いや、腹違いの双子(笑い)のような関係にあるといえる。なぜなら、この二冊はほぼ同時期に執筆し、いくつかのネタやテーマを共有しているからだ。順序からいうと、この『景気を読みとく〜』のほうを先に執筆し、『数学的〜』のほうをそのあとに執筆している。出版社の製作工程の違いで、刊行順序が前後することになった。
この2冊では、ぼくは、意識して「書き分け」を行った。同時執筆だったので、そういうことが可能になったのだ。『数学的〜』では、意識して、数式を一切なしにし、ことばだけでの説明にチャレンジした。非常に工夫しなければならず、とても記述に苦労したけれど、事前に数式が本質的でないようなネタを選び出したことが大きかった。それに対して、『景気を読みとく数学入門』角川ソフィア文庫では、意識的に「少しだけ数式を入れたほうが、むしろわかりやすくなるようなネタ」を厳選した。ホーキングが、例のベストセラーを書いたとき、「本に数式を1つ入れるごとに、売れる数が半減する」という法則を(ジョークとして)述べたそうだ。もちろん、そのあとに、「でも、1つだけ数式を入れざるを得なかった。それは、E=MC^2である」とつなげるから、あまりにカッコイイ。ぼくには、こんなカッコイイ台詞はいえないけれど、「数式も入れようによっては、ものごとをわかりやすくする」という信念を持っていることだけは、改めていっておきたいと思う。
数式が入った本が読みにくくなるのは、書き手が、自分の言語能力のなさや理解の曖昧さを、数式を入れることでごまかそうしているからだと思う。数式は、数式以外の何も伝えない。だから、誤解を生むことも、誤謬をおかすこともほとんどない。それを逆手にとれば、自分が本当にはよくわかってない、ということを隠ぺいすることができる。そういう潜在意識から書かれた本は確かに読みにくく、わかりにくい、もっというなら、おぞましいだけの本になるだろう。ぼくは、そういう「逃げ」を打たないように、肝に銘じている。なぜなら、ぼくは、ずっとダメダメな回り道人生を歩んで来たので、守るべきステイタスもプライドもないからだ。だからぼくは、数式で書いてしまえばそれで済むようなことを、がんばってことばで伝えようとするポリシーを持っている。そういうふうに本を執筆している。でも、場合によっては、「簡単な数式で理解できること」こそが読者にとってあまりに有益である、という素材もある。そういう素材に関しては、あえて簡単な数式を導入したうえで、それを丁寧に解説して、読者を理解に導こうと試みるのである。その試みを行ったものの一つが、本作、『景気を読みとく数学入門』角川ソフィア文庫、なのだ。
そんなわけで、前著『数学的思考の技術』ベスト新書が、面白く読めた人で、もうちょっとぐらいなら数式を許容できるかも、と感じた人(数式アレルギーの症状が少しだけ軽くなったかも、という人)は、是非、本書を読んでみてほしい。なぜなら、前著でことばだけで説明したことに対して、本書では簡単な数式をちょっとだけ導入して、より的確に解説しているからだ。
「プロローグ」の要約を文末にさらすので、ここでは、当ブログの継続的読者(たぶん、相当マニアックな人々)へ向けたピンポイントの「売り」を書いておこう。本書『景気を読みとく数学入門』角川ソフィア文庫の試みで自慢できるベスト3は、次のものだ。
第一は、ファイナンスの超わかりやすい解説を導入したこと。ファイナンスというのは、要するに資産を守ったり増やしたりする「財テク」のことだ。本書では、ファイナンス理論における最小分散ポートフォリオ金融工学におけるブラック・ショールズ方程式の超簡単な解説を入れてある。数式入りでこれより簡単な説明をしている本は、たぶんないと思う(調べたわけではない。当社比)。
第二は、バブルについての比較的新しい理論の紹介だ。資産価格の裁定均衡価格を説明したうえで、確率的合理的バブル、ベイズ的追従現象、(東大の松島斉による)戦略的協力現象をものすごく簡単なモデルで提示してある。
第三は、これが最もお勧めなんだけど、デフレ不況理論の総論的な解説を入れたこと。ケインズ理論の簡単な要約をしたあと、クルーグマンの「流動性の罠」理論と小野善康の「デフレ長期不況」理論とを解説している。我ながらスゴイ(笑い)のは、どちらも同じ方程式(異時点間最適化)から導出していることだ。ネットでは、クルーグマンがやたら持ち上げたりされているわりには、彼の理論は(山形訳の本以外)ほとんど見当たらない。それは小野さんの理論についても同じで、トンデモだとか揶揄されているわりには、きちんと方程式をフォローしている論説にも出会わない。そこで、本書では、この二つの理論を(本論よりは)簡易化した数式入りで解説することにした。しかも、わざと同じ動学的な方程式から導出すること試みた。これを理解すれば、一方がトンデモなら他方もそうであり、一方がきちんとしているなら他方もそうであることがわかるだろう。そして、両者の理論で、いったい何が、その異なる結論を導いているのかもはっきりするだろう。
以上の三点が、当ブログ読者への「直売ネタ」である。でも、数式については恐れることはない。微分積分は一切使わない。現れる数学の中で、最も学年が上のものは、高校1年の2次関数の最大最小だけだ。でも、語られている内容は、経済学の大学院の内容や最前線の研究をふんだんに含んでいる。
では、以下、序文をさらそう。実際のものは長いので、適当に短縮し、要約する。全文については、書店で立ち読みしてちょうだい。

      『景気を読みとく数学入門』 プロローグ  

 「景気」ほど、社会人にとって気になることばは他にあるまい。なぜなら、個人の努力や工夫をむなしくさせるのが景気だからだ。景気はまるで天候のように私たちの暮らしを大きく揺るがし、支配する。誰一人として景気の変動から逃れられる人はいないのだ。
 日本人は、80年代のバブルの下で空前の好景気を享受し、その後、一転して坂を転げ落ちるように、デフレ不況の不景気を20年も経験している。両方を経験したベテランの社会人は、その落差に目を丸くしているだろうし、後者しか経験していない若い社会人は、泥沼を歩くような重々しい足取りにうんざりしていることだろう。
 本書は、そんな景気というものを、さまざまな角度から読みとく本だ。とりわけ、数学の力を借りながら経済学の方法で読みといていくところに特徴がある。したがって、数学が得意な人は、社会分析に対する数学の有効性を直接に納得できて楽しめるに違いない。しかし、むしろ、数学が苦手な人のほうに本書の効能は高いと思う。なぜなら、景気という私たちの暮らしと密接なものを題材に数学を勉強することで、数学アレルギーが少しは改善される可能性があるからだ。
 第1章では、「情報」と「戦略」の角度から景気を読みとく。商取引に関わる情報の役割と、ライバルや顧客をプレーヤーと見なしたときの戦略の見定めかたを伝授する。これらは、ビジネスにおいて、ライバルを出し抜いたり、顧客の信頼を勝ち取ったりすることに役立つだろう。
第2章では、「市場」と「企業」の成り立ちを土台に景気を読みとく。この章では、「競争」や「独占」がどんな性質を持っているかを明らかにし、また、企業の価値がどう決まり、また、それが何かと話題の企業買収などとどう関わるかを解説する。企業の市場の中での位置付けを理解することは、きっと、読者の企業の見方を大きく変えることだろう。そして、新聞やニュースが前よりわかるようになって楽しくなるに違いない。
第3章では、ファイナンスについて解説する。現代は、さまざまな金融商品が溢れた社会だ。この章では、このような多様な金融商品にまつわる数学理論であるファイナンス理論を、ほとんど予備知識なしに理解してもらう。分散や共分散などの必要な統計学の知識もちゃんと補充する。その上で、ファイナンスの極意を知るために、分散投資の原理とオプション価格付けのこれ以上ないほど簡単な解説を提供する。
 第4章と第5章は、もろに景気の話である。
 第4章では、資産バブルについて解説する。80年代のバブルを経験した人は、あの熱狂は何だったのだろうと感慨深いことだろう。実際、今から見れば、何かがおかしかったとしか思えない。しかし、当時には、社会は一歩も退くことなく無根拠な価格高騰に突っ走ったのである。この章は、そのようなバブルが不合理に膨らむメカニズムを、数学的な合理性から理解していく試みを3つほど紹介する。
 最後の第5章では、デフレ不況をテーマにする。日本は90年にバブルがはじけて以来、20年にも及ぶデフレ不況に苦しんでいる。欧米も、住宅バブルが2008年のリーマンショックで崩壊後、急激な景気後退に見舞われ、デフレ(インフレ率の低下)の様相を見せはじめている。なぜ、バブルが崩壊するとデフレ不況に陥るのか。そして、なぜデフレ不況は長期化するのか。このメカニズムについては、現在でも議論が沸騰している。本章では、不況を説明する理論として3つの代表的な考えかたを紹介する。第一は、ケインズの古典的な考えかたであり、第二はノーベル賞経済学者のクルーグマンによる「流動性の罠理論」であり、第三は2010年に誕生した菅政権のブレインである経済学者・小野善康による「長期デフレ不況理論」である。クルーグマンのものと小野のものは政策提言において全く相容れないが、面白いことに、同じ動学方程式の考え方から導出されるのである。
 こんなふうに本書は、数学を武器に景気を読みといていく。本書を読破することで、ある人はビジネスへのヒントをつかめるかもしれない。それは無理だった人にも、少なくとも、経済社会の動向をクールに分析的に見つめる眼差しを与えることができれば本望である。

数学的思考の技術 (ベスト新書)

数学的思考の技術 (ベスト新書)