酔いどれ日記6

 今日は残っていたリースリングを1杯飲んで、赤にシフト。ボーヌロマネ2018。勤務先の近くのワインショップが1割引き券をくれたので、思い切って買った。懇意にしてる店員さんのお勧めなのもあって。ぼくにはワインの知識も自信もほとんどないので、基本的に信頼できる店員さんの勧めてくれるものを購入する。行くたびに、このあいだのは美味しかった、とか、コスパは良かったね、とか、すっぱかった、とか匂いが良かったとか伝え続けると、自然とぼくの好みを把握して勧めてくれるようになってくれる。決して、高いワインを売りつけようとはせず、いろんな価格帯のワインを紹介してくれるから信用できる。

 今は、TK from 凜として時雨のブルーレイをかけながらこれを書いてる。あるときから、男の歌声をうけつけなくなったぼくの体だけど、TKだけはなぜか聴くことができる。

 今夜は、また、村上春樹の小説のことを書こう。

『女のいない男たち』文藝春秋を、3編読み進めた。エアロバイクをこぎながら、一日に一編ずつ読んでいる。『独立器官』『シュエラザード』『木野』の三編を読んだ。

みんな面白いけど、三編を競わせて軍配をあげるなら、やはり、『木野』だな。春樹さんらしい幻想小説だから。

 『独立器官』は、主人公が親しくなる整形外科の開業医の話。いわゆるドン・ファン的な男で、女には(というかセックスには)不自由せず、患者の女性たちとの情事を楽しんでいる。女性たちは独身もいるし、既婚者もいる。その開業医が結局は破滅する物語。それはいい年をして、生まれて初めて恋に落ちてしまうからなんだよね。それもひどくつまらない女に。この小説も非常に緻密に構成されているんだけど、ぼくにはちょっと物足りなさがあった。まあ、これも年の功で、そういう「高齢でかかる麻疹」みたいなのをよく見てきたから。「思い入れだけの恋愛」とか「相手に幻想をかぶせる恋愛」とかは、中高生のうちに済ませておかないといけないんだ。大人になってからだと重症化する。そういう人を身近に数人目撃した。はたで見てると、「ばかなんじゃないの」とさえ思うんだけど、本人は深刻なんだ。そういう麻疹はぼくは中高生で済ませた(酔いどれ日記1参照)

『シュエラザード』は、変な癖(もちろんやばい悪癖)を持った女の話。非常にありそうな話で感心した。その悪癖は、かなり荒唐無稽なんだけど、実話のように書かれている(いや、どっかで聞いた実話なのかもしれないけど)。主人公の男の正体も、悪癖女の素性も最後までぜんぜん判明しないんだけど、それがまた、物語に深みを与えている。

『木野』は、妻の浮気が発覚して退職してバーを始めた男の話。木野は、その主人公の名前だ。前半は、そのバーで起きるできごとが淡々と描写される。店の片隅でウイスキーの水割りを飲みながら本を読む常連客の神田が、大きな伏線となっている。後半は、どんどん幻想的になっていく。最後は、春樹流が炸裂する。物語はどんどん発散していく。

この短編『木野』のテーマを一言で言うのは難しいけど、村上春樹がずっとテーマとしてきている「禍々しいもの」がその一部だろう。あともうひとつ、「正しい選択とは何か」という問題。そういう意味では、初期の短編に通じるものがある。『パン屋再襲撃とか『品川猿』とか『めくらやなぎ、と眠る女』とか。この三編にぼくが何を見ているか、というのは『数学で考える』青土社あるいは『数学的思考の技術』ベスト新書に収録している『暗闇の幾何学で論じているので、それで読んでほしい。この評論は、もともとは、文芸誌『文学界』に寄稿したものだ。このようにぼくの中での村上春樹は一貫したテーマを拡張しながら繰り返し物語にしてる。

 村上春樹とぼくが共有している、と思われるのは(勝手に思っているだけなんだけど)、「地下鉄サリン事件とは何だったのか」ということだ。村上春樹は、この事件を追って、アンダーグラウンド『約束された場所で』というインタビュー集を作った。前者は地下鉄サリン事件の被害者になった人々に、後者はオウム真理教の信者にインタビューしたものだ。ぼくにとって衝撃だったのは、後者だった。オウム真理教の信者たちはインタビューの中で、自分たちの信教(あるいは信念)が絶対に正しいという立場を表明している。そして、それを理解しない一般人(あるいは教徒以外の人々)は単なる低脳人間なんだ、と見下している。しかし、彼らがよりどころにしている麻原彰晃(あるいは松本智津夫)の教義(あるいは理論)は、ぼくら読者には(普通の人間には)さっぱり理解できない。でも彼らは自信満々だ。

ここで立ち塞がるのは「正しさとは何か」ということだ。こう言い換えてもいい、「自分とオウム信者はどこが違うのか」。たしかに、彼らは地下鉄でサリンをまいて人殺しをした。ぼくらはそんなことはしない。でも、だからぼくらは正しいのだろうか?ぼくらは彼らと同じような人殺しをずっとしない保証があるんだろうか。村上春樹も同じ難問を抱えた気がするんだ。「悪とは何か」「正しいとは何か」。これを「社会の内部にいるぼくらが、あたかも外側からするように判断するすべはあるのか?」。それができないなら、ぼくらとサリン事件実行犯たちとを区別することができない。「わたしはわたしがそうでないことを知っている」というのが答えにならないのは言うまでもない。

もちろん、「外側からの回答」は原理的に不可能、絶望的に不可能なのかもしれない、とは思う。でも、だからと言って、逃げてはいけない問いであるとも思うんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

酔いどれ日記5

 今日はリースリングを2杯目。Zind-Humbrechtとかいうやつ。リースリングにしてはすっきりしている。

 昨日は、キングクリムゾンのライブを渋谷オーチャードホールで観てきた。

ぼくは、新型コロナが起きてから、「もうライブには行くまい」と決めたんだった。だから、今年から5限に講義を入れた。しかし、クリムゾンの来日で決意はもろくも崩れ去ってしまった。

 もう最終公演も終わったので、多少のセトリの話をしても邪魔にはならないだろう。今回のライブは、名曲オンパレードという感じで、「みんな、これが聴きたいんでしょ」という曲の連発だった。前回の来日では、「リザード組曲」を全編演ったり、「船乗りの話」をやったり、マイナーだけどマニアックでかっこいい曲を演奏してくれたけど、今回は本当に代表曲の嵐だった。ファンとしてどちらも嬉しいものだ。

 今回、一番聴き応えがあったのは、「ディシプリン」だった。ギタボの若いプレーヤーがギターの腕をあげたので、「ディシプリン」のずれていくミニマル音楽が非常に綺麗に再現された。とりわけ、トリプル・ドラムと合わさるポリリズムがあまりにかっこよく美しく演奏された。1981年に「ディシプリン」を発表したとき、ボブ・フリップの脳裏には、こういうトリプル・ドラムのリズムが鳴っていたのだろうな、と思うと、とてつもない音感だな、と思う。

 ぼくがクリムゾンのライブに行くのは、ボブ・フリップに会うためだ。もちろん、クリムゾンの音楽はいつ聴いても楽しいが、フリップ卿に会って、自分の座標を確かめるというのが大事なことなのだ。フリップが逝くのが先かぼくが逝くのが先か、否、フリップを見送ってからぼくも逝く、という覚悟。そういう気持ちがぼくの内面に厳然とある。

 ぼくがキング・クリムゾンの音楽と出会ったのは13歳と14歳の間のどこかだったと思う。13歳のぼくは友達の影響で、グランド・ファンク・レイルロードの「孤独の叫び」を買った。ぼくが買った初めてのロックのシングル・レコードだった。それからヒットチャートを聴くようになり、当時ヒットしていたELP(エマーソン・レイク・アンド・パーマー)の「ナットロッカー(くるみ割り人形のこと)」が好きになった。それで、ELPの「トリロジー」というアルバムを買った。これがぼくが初めて買ったアルバムだった。ELPグレッグ・レイクに惹かれるあまり、ELPを結成する前にレイクが所属していたキング・クリムゾンに興味を持った。偶然、友人のお兄さん(高校生)が、クリムゾンのライブアルバム「アース・バウンド」を持っていて、それをカセットテープに録音させてもらい、収録されている「21世紀のスキッサイドマン」とか「船乗りの歌」にぞっこんになってしまった。それで、お金をためて、クリムゾンのデビューアルバム「クリムゾン・キングの宮殿」を買ったんだ。最初は、「アース・バウンド」における「21世紀のスキッサイドマン」と演奏の違いに戸惑ったが、すぐに大好きなアルバムになった。「エピタフ」や「ムーンチャイルド」なども名曲だったからだ。

 それから、結局、活動休止までの7枚のアルバムを全部聴くことになった。すべてのアルバムがすばらしかった。

休止後は、フリップとブライアン・イーノの共作である「ノー・プッシーフッティング」とか、フリッパートロニクスのアルバム「レット・ザ・パワー・フォール」とかソロアルバムの「エクスポージャー」とか、パンクアルバム「リーグ・オブ・ジェントルメン」とか聴きながら、クリムゾンの活動再開を待っていた。

そして、1981年、待ちに待った新クリムゾンのアルバム「ディシプリン」が発表され、しかも!来日公演が行われたんだ。浅草で4日連続で公演を観た。本当に涙にむせんだ毎日だった。その日々のことは以前、こんなふうに書いた(もとはこれ)。

ぼくは、連続4日のクリムゾンのライブに行った。ライブはすばらしいものだった。アルバム「ディシプリン」と「ビート」の真ん中の期間で、名曲「ニール・アンド・ジャック・アンド・ミー」の初期バージョンの演奏がされ、もう涙がむせんだ。ぼくらは、ライブの前に浅草「藪そば」で酒を飲み、終わったあとは「神谷バー」で黒ビールと電気ブランを飲んだ4日間だった。

ああ、この頃も飲んでたね。笑。

フリップは、前から兆候はあったものの、このアルバム「ディシプリン」から、スティーブ・ライヒ流のミニマル・ミュージックに傾倒することになった。表題曲「ディシプリン」はギター2本がリフをユニゾンから徐々にずらしていく曲。高校生だったとき、友人が耳コピして、二人でアコギ2本でチャレンジした。1音ずつずれていくときは気持ちいいのだけど、相手のアルペジオに巻き込まれるともう終わり。大失敗となる。十数回のチャレンジで完璧に出来たときはものすごく嬉しかったものだ。ちなみに、日本のバンドで現在、この方法論を実践しているのは、Tricotだと思う(他にもいるのかもしれないけど)。

 ぼくは13歳か14歳からもう50年もクリムゾンを聴いている。これはすごいことだと思う。そんなバンドは他にはいない。「人生のバンド」とはまさにこのことだ。ぼくの人生の大部分は、クリムゾンとともにある。こんな奇跡的なことがほかにあるだろうか。

 

 

 

酔いどれ日記4

  今日は赤ワインを飲んでる。シャトーヌフ・ドュ・パプを3杯目ぐらい。ぼくが論文を書いている分野にシャトーヌフ先生という大家がおられるので、この名前のワインはいつも拝みながら飲む。

 今日は、ヨルシカのブルーレイ『前世』を観ながら、エアロバイクをこいだ。ヨルシカのこのライブは、水族館で収録したもので、顔をさらさない彼らのライブとしてはとても良いアイデアだと思う。青く幻想的な世界の中での演奏を楽しむことができる。すべての曲がいいけど、とりわけ『言って。』のオープニングには痺れた。suisさんが「言って」と歌いだすまで、この曲だと気づかなかった。みごとなアレンジ。

 エアロバイクをこぐときは、ライブ映像をかけるんだけど、どれも何十回も観たものなので、音だけ聴いて本を読むことが多い。ここ数ヶ月ずっと代数幾何学の専門書ばかり読んできたので、ふと小説が読みたくなって、ここ二回は村上春樹『女のいない男たち』文藝春秋を一編ずつ読んだ。

一編目は『ドライブ・マイ・カー』、二編目は『イエスタディ』。どちらも面白い短編だったけど、『イエスタディ』のほうが好きかな。

『ドライブ・マイ・カー』は、三枚目俳優の主人公が、死んだ妻の不倫について、劇場までの送迎の運転手を務める女性ドライバーに話す物語。非常に細部を緻密に構成した物語だった。酔いどれ日記2に書いた通り、文学は(全部ではないかもしれないけど)非常に緻密な構成で書かれているものだ。この小説もその例に漏れず、お手本のような緻密な物語だった。

主人公が俳優であることが重要な役割を持っているし、その運転手の女性がなぜ運転が上手なのかもみごとに説明される。ただ、ぼくにとって少し残念だったのは、死んだ妻の不倫の理由がなんとなく予想出来てしまったことだった。別に伏線がはられていたわけじゃなく、長く生きてきたから、そんな感じだろうと、感づいてしまったんだね。

他方、『イエスタディ』のほうは手放しで楽しめた。大学生の主人公がバイト先で浪人生の男と友達になる。その浪人生は、東京育ちなのに関西に「語学留学」をしてまで完璧な関西弁を身につけた、というだけでもう爆笑で、その男がビートルズの「イエスタディ」を関西弁の歌詞で歌うオープニングなんか、もう絶妙である。

その関西弁男には、めちゃめちゃ綺麗な大学生の恋人がいる。幼なじみでずっと一緒にきたのに、大学入学のときに別々になってしまったのだ。その男女の恋の顛末に主人公が巻き込まれていくことになる。物語の展開は、村上春樹の常套手段という感じだけど、もともと村上文学のそういうティストが好きなので、十分に堪能できてしまった。

 村上春樹の小説を初めて読んだのは、大学生のときだった。当時の麻雀仲間だった友人の部屋で、ある女の子と一緒になった。その子はたぶん、友人のガールフレンドだったのだろうと思う。ガールフレンドの一人、と言ったほうが正確かもしれない。彼にはそういう子が数人いたらしいから。そのとき友人はなぜか外出しており、ぼくはなんだか、その女の子と彼を待っているはめになった。

沈黙に耐えられなくなったのか、彼女が唐突に「村上春樹の最新の小説を読みました?」とぼくに尋ねた。ぼくは、最近デビューした作家で、村上春樹という人が話題であることは知ってたけど、注目はしてなかった。「いや、読んでないけど、なんで?」とぼくは正直に答えた。そしたら彼女が「そう。わたし、読んで一晩中泣いてしまったんだ」とつぶやいた。

「一晩中泣いた」ということから安易に想像できるのは、「難病もの」のお涙ちょうだいの物語だった。でも、ぼくはなんかそういうたぐいじゃない予感がした。それはその女の子の持っている独特の雰囲気からの「予感」のようなものだった。

家に帰ってから調べると羊をめぐる冒険のことだった。記憶ではまだ単行本化されておらず。彼女は文芸誌『群像』に掲載されたのを読んだのだったと思う。ぼくは決意して村上春樹の小説を読みはじめた。まず、デビュー作『風の歌を聴けを読み、次に当然、続編1973年のピンボールを読み、そして満を持して羊をめぐる冒険を読んだ。

「打ちのめされる」とはこのことだった。こんなにすごい小説を書く若い作家が現れたなんてあまりに衝撃だった。当時はぼくはまだ小説家を目指していたから(鼻で笑いなさんな)、絶望的な気分になった。『羊をめぐる冒険』を読んだときは、一晩中とは言わないけど、感動の涙を流したのは女の子と同じであった。

それ以来、ぼくはできるだけ村上春樹の小説は読むようにしてきた。全部ではないけど、相当読んだ。そして、今も読んでいる。

 映画『風の歌を聴けも観た。この映画にはいろいろな意見があるとは思うが、ぼくはそれなりに評価している。なにより、真行寺君枝さんのフォルムがこの小説に出てくる女の子にぴったりだった。真行寺さんはぼくの好きなタイプの女優だった。「鼠」を演じた巻上公一さんは、ちょっときばりすぎだったと思うけど、こともあろうに「鼠」を演じるんだからしょうがない。巻上さんがリーダーのテクノバンド「ヒカシュー」も、多少聴いていたから、親近感が持てた。

最後に販促をさせてほしい。このブログはそのために書いているから。ぼくの村上春樹文学への批評(というよりはラブレターに近い)は、『数学的思考の技術』ベスト新書にしたためられている。

村上春樹トポロジー

1Q84」はどんな位相空間

暗闇の幾何学

の3章だ。興味がわいたら、是非、手にしてほしい。

 

 

 

 

酔いどれ日記3

昨日休肝日にしたので、今夜は飲んでいる。今、サンセールの白ワインを3杯目。赤ワインに比べて白ワインで好みのものにあたることはあまりないんだけど、サンセールだけはなぜかすごい好きなんだ。高級とかテオワールとかはよくわからないのだけど、この独特な匂いにはうっとりなる。

 さて、今回は、英語の勉強の話をしようと思う。

経済学の道に進んでから最も困ったのが英語だった。専門的な論文はたいてい英語だから、英語を読むのに時間がかかるとなかなか勉強が進まない。進まないとやる気も失せてくる。もっと困るのは、論文を英語で書こうとする場合だ。ほんとにどうやって書いたらいいのか途方に暮れた。

 ぼくの最初の論文は、ある先生の勧めで、財務省の『フィナンシャルレビュー』というジャーナルに投稿することになったんだけど、あとになって要約を英文で提出してほしいという依頼(というか命令)が来て、晴天の霹靂になった。途方に暮れたあげく、仕方ないから論文のイントロを青息吐息で英文化して、同期の英語に堪能な院生に頼んで校正してもらったんだ。そうしたらその人は、「小島さん、正直に言うけど、校正しようのないほどひどい英文なので、自分でやったほうが直すより早いかなと思って、小島さんの日本語の文を最初から自分で英訳しましたよ」と言われてしまい、ありがたいとともに、穴があれば入りたい気持ちになった。

 そんなわけで、英語をどうにかせんと前に進めんと思ったぼくは、師匠の宇沢弘文先生に市民講座で教わっていた頃に、宇沢先生が話してくださったことをふいに思い出したんだ。

宇沢先生は、東大数学科をぷいと退職してしまってフリーターをしていた頃、ケネス・アロー(のちにノーベル経済学賞を受賞することになるすごい経済学者)の論文を読んだ。そして、そこに間違いを発見し、修正の提案をし、さらには一般化した内容を手紙にしたため、アローに送った。それを読んで驚いたアローが、宇沢先生をスタンフォードに招聘した。それから宇沢先生の華麗なる経済学者の道程が始まったわけだ。(この辺の話は、拙著『宇沢弘文の数学』青土社で読んでほしい)。

信じられないことだが、宇沢先生は、スタンフォードに行ったときは英語がぜんぜんできなかったそうだ。本人の言によれば、「アローさん、こんにちわ」さえ通じなかったという。それでアローに「君は経済学はいいから、とにかく英語を身につけなさい」と言われて、いわゆる「おまめ」の立場に置かれたそうな。そんなある日、アローのゼミのみんなが黒板に書かれた微分方程式をめぐって、どうしたものかと思案にくれているとき、宇沢先生が黒板に出ていってその微分方程式を解いてみせた。そうしたらみんな、口をあんぐりと開けて、驚愕の表情になったという。先生は笑いながら曰く「サルが微分方程式を解いたかのような表情だった」と。まあ、先生特有のジョークだと割り引くべきだけど、「サル」と見なされるほどに英語ができなかったのは事実だったんだと思う。

 そんな先生がどうやって英語を身につけたかを、先生が教えてくださったのだ。先生は、英語の小説を読みまくったのだそうだ。子供の絵本から始まって、小学生の読む物語から、中高生の読む小説までむさぼるように読んだのだ。「英語を身につけるには、子供向けの小説を(辞書なしに)読むのが一番いい」というのが先生の持論だった。

 それでぼくも、宇沢先生を見習って、子供向けの小説を英文のまま読んでみることにした。最初にチャレンジしたのは、宇沢先生がすごく好きだったというトールキンホビットの冒険だった。これは正直、十数ページで挫折した。特殊な単語が出過ぎていて、かなり読み進めば理解できるのだろうけど、「知らない英単語なのか、それとも単なるキャラクターの名前なのかがわからない状態」に陥り、とてもじゃないけど読み進めることができなかったからだ。

ホビットの冒険」を断念したあと、もっと易しい物語にしようと思ったぼくは、オズの魔法使いを購入して読み始めた。そうしたら、驚くべきことに、(辞書なしで)最後まで読み通せてしまったのだ!これには我ながら驚いた。英文が易しかったこともあるけど、物語がめちゃめちゃ面白いのでずんずん進むことができたんだ。こんな有名な物語のオチを知らなかったぼくもぼくだが、それだけに、わくわくどきどきのまま、オチに驚愕することになった。(とんでもない小説だった)。

たった一冊だけど、この経験でぼくは勇気百倍になった。「可能なんだ」と知るのは、自信につながる。自信ができれば、コンプレックスが消滅し、前に進むことができる。そのあとからぼくは、自分の専門分野なら、英語の論文を読むことができるようになった。もちろん、大人向けの小説は読めないし、専門から遠い分野の論文も読めないままだけど、専門分野の論文だけはほとんど辞書なしで読めるようになったんだ。なぜなら、専門分野の専門用語は自然に英語で覚えているから、多少知らない英単語があっても大意はつかめるからなのだ。

 宇沢先生は、自分に英語能力がなかったことを悪るびれもせずに語ったあと、ぼくにこんなことを教えてくれた。「小島くん、森嶋の法則、というのがあってね。それは、英語能力と経済学の能力は反比例するというものなんだ」。これを聞いてぼくはめっちゃ楽しい気持ちなった。ここで言う森嶋とは、森嶋道夫先生のことで、LSEの著名な経済学者のことだった。

 『ホビットの冒険』を英語では断念したぼくだったが、とても気になっていたので、『ホビットの冒険』を日本語で読んだあと、同じトールキンの『指輪物語も日本語で読んでみたんだ。これはあまりにすばらしい物語だった。

トールキンは、この物語を自分の言語理論の実践として描いたそうだけど、現在のアドベンチャーゲーム異世界ものの原点となったほど画期的で、孤高の小説だった。それだけではない。普通の凡庸な冒険小説が、「鬼退治」に行ったり、「天下をとり」に行ったり、「魔女を倒しに」行ったり、「お姫さまを救いに」行ったりするのに対し、この物語は「権力の指輪を捨て」に行く、というとてつもない物語なんだよね。並の人間や妖精は、「権力の誘惑に負けて、指輪に操られてしまう」んだけど、何のとりえもないように見えるホビット族だけが「権力の誘惑」に打ち勝てる、という存在なんだね。こんなすごい物語をどうやって思いついたのか、と心底感心する。

たしか宇沢先生から聞いた話だったと思うんだけど、アメリカの反戦運動(たしかベトナム反戦運動だったと記憶しているんだけど)には、学生たちは『ホビットの冒険』を胸ポケットに入れてデモをしたという。(嘘だったら許せ)。

 『指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)』で感動したぼくは、大学への数学という受験雑誌に「ロード・オブ・ザ・リング(環物語)」という小説を寄稿した。これは、代数学の環(Ring)の魔力にとらわれた受験生がどんどん地獄に落ちていくパロディ小説である(自作ながらうろ覚えなので、多少違うかもしれない)。興味ある人は、『大学への数学』のバックナンバーで是非読んでくれたまえ。

 

 

酔いどれ日記2

今日は酒を抜くつもりだったのだが、ストレスが激しいため予定変更。マルサネの赤ワインをいま、2杯目。

昨日は、約2年ぶりにゼミ生たちとスタジオ入りをした。ぼくのゼミでは、講義とは関係なく、毎年ゼミライブというのをやっていた。音楽サークル系のゼミ生がバンドを組んで演奏し、ゼミ生が歌う。ぼくも数曲、ギタボで参加する。

去年がちょうどゼミライブ10周年にあたるのだが、新型コロナでやむなくオンラインで実施。ぼくは演奏しなかった。新型コロナが沈静化したので、やっとスタ練に入ることができた。ぼくは、エルレガーデンの「ジターバグ」「金星」の演奏にギタボで参加した。どちらもすばらしい曲だ。

エルレガーデンを好きになったときは、彼らが活動停止を決めてからだった。だから、なんとかライブを観たいと奔走したが、さすがにチケットが手に入らなかった。でも、アジカン主催のフェスに彼らが参加したため、横浜アリーナで彼らのライブ(最後に近いライブ)を観ることができた。あまりのすばらしい演奏に、感涙むせんだのを今でも覚えている。

 さて、今夜は、高校時代の国語の先生の思い出を書こうと思う。

中学時代は数学が最も好きな科目だったが、高校時代は現国が最も好きな科目だった。中学時代に数学が好きだったのは、数学の先生が数学科の大学院にまで行った若い先生だったので、その情熱に飲み込まれたからだ。その先生のおかげでぼくは、「素数マニア」になり、今年素数ほどステキな数はない』技術評論社という本まで上梓することとなった。その先生のことはこの本のあとがきで読んでほしい。しかし、高校時代には、数学の先生と感覚が合わなかった。もちろん、数学を教える能力は高かったけど、数学の不思議さ・深遠さとは縁遠い人たちだったからだ。

それに比べて、現国の先生には血気盛んな人が存在した。O先生はそんな人だった。例えば、芥川龍之介の「羅生門」を扱ったときは、B4のプリント2、3枚にびっしりと「問い」が書いてあった。小説の数行にひとつは問いがなされている体だった。あたかもソシュールのごときだった。

あるとき、その先生が高橋和巳の小説を薦めたので、生徒は誰もが読むものだと思ったぼくは一冊読んで、O先生に報告に行った。驚いたことに、読んだのはどうもぼく一人だったようだった。先生はよほど嬉しかったと見え、放課後に喫茶店につれていってくださり、長時間語りあってくださった。先生はたぶん『邪宗門』を読んでほしかったと思うのだが、へそまがりのぼくは『我が心石にあらず』を読んだのだ。この小説は、(高橋和巳の小説は常にそうだが)、インテリのひ弱さ、脆弱さ、そして虚偽を描いていた。『我が心石にあらず』では、主人公のインテリが不倫する女性が、最初は魅力的なのにだんだん醜さを露呈していくプロセスが(高校生ながら)たまらなかった。そんな話をぼくはO先生にいきって話したような記憶がある。

またまたあるとき、O先生は現代短歌について、生徒ひとりひとりに歌をひとつずつ担当させ、生徒なりの解釈を発表させる、という講義を行った。ぼくは、(たしか)塚本邦雄という人の歌、

鞦韆に揺れをり今宵少年のなににめざめし重たきからだ」

という歌を割り当てられた。鞦韆は「しゅうせん」と読むが、いわゆる「ブランコ」のことである。

何度読んでも、背後の意図をつかめなかったぼくは、ちょうど中学のときの数学の先生に会う予定があったので、その先生にこの歌をもちかけた。その数学の先生は文学にも強い興味を持っていらしたからだった。その先生は、「鞦韆が、終戦にかけており」、「重たきからだは、敗戦に対するものだろう」と解釈した。ぼくは、めちゃめちゃ「なるほど」と思った。 

それで、O先生の前で、意気揚々とその解釈を披露した。ところがO先生は、すこしひきつった笑みを浮かべて、「全く違う」と断じた。そうしてこのような解釈を披露した。「小島ね、少年が目覚めると言えばなんだ。わからんか? 性に対してに決まってるだろう」と。

ぼくは一瞬、あんぐりとなったが、その一方で数学の別解を知ったときの快感のようなものが脳を走り抜けるのも感じた。O先生の解釈が正しいのかはいまだにわからないが、ただ、その解釈に「文学的価値」があることは今ならわかる。文学の多くの部分は、「性」で成り立っているからだ。

O先生の現国には、結局、ぼくは大きな影響を受けたと思う。小説や詩や歌は、ただの感覚的や雰囲気だけで創作されているのではなく、数学のような緻密さ・厳密さで生み出されているのだ(かもしれないな)と悟ったからだ。

O先生は、ぼくらが卒業してから数年後、40代で急逝したことを人づてに知った。癌を患ったとのこと。教わっていた当時から虚弱な感じはしていたが、早すぎる、そして惜しすぎる死であったと思う。もっといろいろ教わりたかった。

 

 

 

酔いどれ日記1

これから、なんか、ブログっぽいことを書こうかな、と急に思い立った。

現在、リースリングの白ワインを3杯と、ペルノ-を2杯目。

飲みながら、チケットを購入した「TK from 凛として時雨」の配信ライブを鑑賞してた。ものすごい出来のライブだった。ゲスの極み乙女のちゃんまりがピアノとサイド・ボーカルでサポートに入ってる。すばらしい。

今日は、高校の同級生Hのことと当時好きだった女子の思い出を書こうと思う。

 高校の同級生だったHは不良っぽい男だった。

ぼくが通った都立高校は、(当時の都立高の)学区の中で一番偏差値の高いところだったけど、まあ、学区が下町だったんで、不良っぽいやつもけっこういた。不良でもそこそこ頭がいいというか、頭がいいけどそこそこ不良というか、そんな感じ。Hはそんな一人だった。バイクに乗るのが趣味だった。

ぼくは中学のとき、同級生の女の子に恋をしていた。別々の高校に進んでもまだ好きだったので、かれこれ6年弱は恋していたんだと思う。彼女は(当時の基準で)美人で、しかも才女だった。絵にも音楽にも才能があった。成績も良かった。学年の3分の2の男子が彼女を好きで、誕生日には処理しきれないほどのプレゼントをもらったみたいだった。ぼくもそんな3分の2の中の名も無い一人だった。ちなみに、彼女はぼくの著作『無限を読みとく数学入門』角川ソフィア文庫に収めた小説中で、Nというキャラクターで登場してる。

彼女は政治的な指向があり、高校生のくせに政治集会なんかに参加していた。ぼくも彼女に誘われて、何回かそういう政治集会に行ったものだった。政治とか革命とかに興味はないけど、彼女とつながっていたい一心だったんだ。

そんなある日、もう覚えていないが、何かの用で、ぼくの高校のそばで彼女と会うことになった。デートというのでは(まったく)なく、本当に何かの用事だったんだと思う。

それで、ぼくの高校のそばの喫茶店で彼女と会ったんだ。

彼女と向かい合って話していると、ちょっと向こうの席に、クラスメイトのHがいることにふいに気がついた。Hはぼくに気がついていた。ぼくらのほうを見ながら、ニタニタしていた。ぼくは、直感的に、「やばいことになった」と悟った。こんなところを目撃されたら、Hが明日学校で何を言いふらすかわかりやしない。もうぼくは、心ここにあらず、という状態だった。

でもHは、翌日、何も言ってこなかった。クラスでも言いふらしたり、しなかった。ぼくは肩すかしを食らったと同時に、Hのことを理解し直さなければならないな、と感じた。でも、そんなチャンスは訪れなかった。

なぜなら、それからほどない頃に、Hが亡くなったからだ。

Hはバイク事故で唐突にいなくなってしまった。道路わきの電柱に激突して亡くなったのだそうだった。担任の教師は、心痛な面持ちで、「とにかく、バイクには乗るな」とみんなを諭した。その担任に個人的に聞いたところでは、Hの事故現場には、自動車に幅寄せされた痕跡があったとのこと。しかし、証拠ははっきりせず、犯人らしきものも不明だということだった。

その後、ぼくは、あの日のHのニタニタ笑いが頭から離れなくなった。記憶の中では、ぼくと女の子Nを眺めながら、Hはずっと笑っている。Hのあの笑みは何だったのだろう。Hはぼくのことをどう思ったのだろう。その謎かけは今でもぼくの中に螺旋を描いている。

 

 

 

お酒にまつわる推理もの

また、間があいてしまった。オンライン講義に手間がかかってるだけでなく、非常勤(オンラインだけど)もやっているので、余裕がないのだ。とは言っても、Netflixで「イカゲーム」を一気観したりはしている。笑。これはめっちゃおもろいドラマだった。

本当は、

たくさんのインスパイアをもらえる熱力学の教科書 - hiroyukikojima’s blog

で紹介した、田崎さんの熱力学の教科書についてきちんとした紹介をしたいのだけど、時間と心の余裕が必要なので、また今度ね、ということにする。

 そんなわけで今日は、「お酒にまつわる推理もの」について雑談をしようと思う。(いつも雑談だけどね)。その前に音楽について、ちょっとだけ語る。

 このところ、ZTMY(ずっと真夜中でいいのに)ばかり聴いている。とりわけ、ライブ・ブルーレイ「温れ落ち度」の2枚を繰り返し観ている。何度観ても飽きがこない。ZTMYのリーダーACAねさんは、(前にも書いたけど)、「フランク・ザッパの再来」「日本のザッパ」「21世紀のザッパ」だと思うんだよね。2人の共通点を箇条書きすれば、

1. 楽曲が非常に複雑ながらそれでいてキャッチー。

2. 1曲の中に複数の曲が詰まっている構成。

3. あらゆるジャンルの音楽を取り入れてる。

4. 非常に多くの楽器を導入した編成(ZTMYでは奇妙な楽器が多く使われる)。

5. サポートメンバーが超絶技巧集団。

なんかがあげられる。違いと言えば、ACAねさんの歌詞はわけわかんない詩句だけど、ザッパのような猥歌ではなく、政治的でもないことかな。フランク・ザッパが93年に他界してから、もうこういう音楽は二度と聴けないのだろうと諦めていたけど、まさか日本の若い女の子が、新しい装いでザッパ的な音楽をやるとは想像してもいなかった(本人はこう言われると怒るかもしれんが)。長生きするといいことがある。

 さて、本題、「お酒にまつわる推理もの」に移ろう。ひとつずつ作品を紹介するけど、推理もの(ミステリー)なので、どうやったってある程度のネタバレになるので、読む人の自己責任ということで。

 1.  刑事コロンボ「別れのワイン」

これはぼくの知っている限り、ワインを扱ったミステリーでは最高の作品だと思う。犯人はワイン製造会社の取締役で、低レベルなワイン製造会社に自社を売り渡そうとする弟を殺してしまう。動機は、自分の会社のワインを誇りに思っていること。犯人は類い希なる味覚を持っており、ワインをこよなく愛している。そして、その味覚とワインへの愛が災いして、コロンボの罠にはまることになる。原題は、「ANY OLD PORT IN A STORM」で、こっちのタイトルのほうが抜群に良い。 なぜなら、最終的にポートワインが大事な役割を果たすから。ダブルミーニングでしゃれているのだ。ぼくは昔、この作品を録画したい一心で、やっと普及し始めたビデオデッキを買ったものだった。

 2. 刑事コロンボ「策謀の結末」

この犯人は、アイルランドからの移民で吟遊詩人。しかし、アイルランドのテロリストに武器を密輸出している。この犯人は、裏切りものの武器商人を抹殺してしまう。犯人はアリッシュ・ウイスキーを常飲し、しゃれた言葉遊びとユーモアを得意とする。コロンボは、彼の著作や来歴から犯人は彼だと確信し、追い詰めていく。この作品は、たぶん、ぼくの中でコロンボ作品のベスト3に入る。コロンボが犯人と意気投合しながらも、犯人のテロリスト的性向には共感しないのが胸をうつ。そして、アイリッシュウイスキーが何重にもトリックになっているのがあまりにみごとである。コロンボ屈指の作品と言っていい。

 3. 刑事コロンボ「祝砲の晩歌」

犯人は時代遅れの士官学校の校長。学校を共学に変えようとする経営者を殺害する。殺害の方法がまたすごい。祝砲の空砲を実弾と取り替え、雑巾を砲先に詰めておいて爆発させ、事故に見せかける。この作品の妙は、コロンボが生徒たちと一緒に合宿生活をしながら、生徒たちの証言をもとにして、真相に迫っていくこと。最終的には、生徒たちが密造しているリンゴ酒が犯人逮捕の鍵になる。犯人の軍人気質こそがぼろを出すポイントになる皮肉がまた切ないのである。

 4. ディック・フランシス『証拠』

フランシスの競馬シリーズの中の一冊で傑作。主人公は、競馬場でワインを売っているワイン酒屋。世捨て人のようにひっそりと生きている。けれども彼は、幼少の頃から優れた味覚を獲得しており、利き酒の天才でもある。主人公はひょんなことから、偽酒に絡む殺人事件に巻き込まれる。彼はスコッチウイスキーに混じるかすかな異物から、事件の真相に迫っていく。この作品には心底感動した。ハードボイルドタッチで、息つかせぬ展開。本当にみごとな小説だと思う。村上春樹っぽい作品。

 5. 勝鹿北星浦沢直樹マスターキートン』「シャトーラジョンシュ1944」

これはマンガで、厳密な意味ではミステリーではないが、推理的要素もあるので抜擢することにした。ドイツ軍に占領されていたラジョンシュの1944年が奇跡のブドウの年となった。そこでドイツ兵の攻撃の中、子供だった主人と使用人がドイツ兵の銃剣の刃をかいくぐって、命がけでブドウをつんで作ったビンテージワイン、シャトーラジョンシュ1944をめぐる物語。切なく胸をうつ小品だ。マスターキートンには傑作が多いが、これも屈指の一作。

 6. 相棒「殺人ワインセラー

相棒シリーズがワインを扱った作品。これは、コロンボ「別れのワイン」へのオマージュだと思ってる。佐野史郎さんが犯人を演じていて、それがあまりに名演技である。ワイン評論家やワイン通を皮肉っているのも相棒らしい。相棒には、お酒にまつわる作品が他にもいろいろあるが、これだけにしておく。

 7. Dr.House「命の重み」

ドクター・ハウスはアメリカの医療ミステリードラマで、本当に傑作揃いだ。この作品は、死刑執行が数日に迫った死刑囚が自殺をはかって危篤になるが、その動機も方法もわからない。ハウスはちょっとしたきっかけから自殺の手段を突き止める。秀逸なのは、ハウスがベッドで死にかけている死刑囚と、スコッチウィスキーを一気競争するシーン。最初、何をやっているかと思うけど、その真意を知ると驚愕する。この作品は、黒人問題と死刑制度に問題提起をしており、非常にディープな作品である。ハウスシリーズ屈指の一作と言っていい。観終わると、胸にジーンと迫るものがある。