恐怖のリフレー・ザ・グレートの巻

飯田泰之さんが、ぼくの新著『使える!経済学の考え方』ちくま新書の書評を以下のように書いてくださった。
2009-10-24
ぼくの経済本のベストだというお褒めは、とても嬉しく、照れてしまう。飯田さんは、今をときめく経済学者で、次期の経済論壇を担うであろう人なので、そういう人に拙著を理解してもらえたのは光栄だ。
でも、後半に宣戦布告のようなことがちらっと書いてあって、警戒心が芽生える。シノドスのレクチャーでは、飯田さんは単なる司会者のはずだけど、ひょっとするとそうではなく、司会者仮面をかぶった「リフレ・虎の穴」からの刺客なのかもしれないぞ、と身震いがした。飯田さんのプロレスタイツの前のほうがもっこりしてるのは、アレのせいではなく、栓抜きを隠し持ってるのかもしれない。だとすればぼくも、投げつけるための椅子をリングの下に隠しておかねばならないだろう。これは、リフレ抜け人のぼく(いつからそうなった?)とリフレ総帥のリフレー・ザ・グレートである飯田さんとのタイガーマスク最終回のような壮絶な血みどろの反則合戦になるかもしれないな、などと戦々恐々。リングサイドで鑑賞したい方は以下から申し込める。
http://synodos.jp/seminar/index.html

小島寛之「経済学はニセ科学?インチキ医療?― 確率論が拓く経済学の未来」
司会 : 飯田泰之
日時 : 2009年11月29(日)15時〜17時
場所 : シノドス東急田園都市線駒沢大学駅
定員 : 7名
費用 : 7,875円(税込)

追記:すいません、今はキャンセル待ち状態らしいです。
前哨戦として、ちょっとばかりお返事をば。

ただ貨幣に関する話はやっぱなっとく出来ないなぁ.小野理論大好きだけど.しかし,期待の異質性を重視するであろう小島さんがなぜ貨幣については不連続的な複数均衡を考えるのかちょっと不思議.全員の期待がいきなり転換するわけではないので突然の貨幣信任全面喪失ってのは考えづらい

ぼくは何もハイパーインフレが起きる、などと考えているわけではないっす。どちらかといえば、コントローラブルなインフレなど人為的に起こせない、と考えている。
ぼくが、『使える!経済学の考え方』ちくま新書の第6章に書いたのは、人々が欲しがっているものが「流動性」であり、それは一般には貨幣に憑依している、ということ。そして、ケインズが「月への欲望」と名付けている抽象的な欲望「流動性選好」を「曖昧な消費欲」としてある種の効用関数で基礎付けできる、ということ。それが、今ぼくが小野さんと浅野さんと共同研究している論文なのだ。(一個目は完成し、二個目を書いているところ。ここまでは浅野さんとの研究。貨幣論は小野さんにも加わっていただいて三個目の論文になる予定)。こういうファウンデーションをつければ、飯田さんの指摘する「期待の異質性があるとき、複数均衡がありうるかありえないか」にきちんと答えることができる。論文ができあがったら、是非、飯田さんにも読んでいただきたい。こういうプロセスを積み上げるのが、経済学の営みだとぼくは思ってる。学問的なプロセスというのは、(プロレスじゃないんだから、笑い) 、あくまできちんとモデルを提供することだと思う。小野さんのモデルにぼくが与するのは、ケインズIS-LMを含むほかのすべての不況理論が、結局は「価格の付け間違え」と「調整の緩慢さ」に依拠しているのが納得できないから。つまり、実質賃金(賃金を物価で割ったもの、財の単位で測った賃金)が高すぎるから失業が起きていて、それが何らかの制度的な摩擦で緩慢な調整しかしないから失業が解消されない、と言っている。ニューケインジアンDSGEもそういう仕組み。それに対して、小野さんは、「だったら猛スピードで価格調整すればいいじゃないか」と反論している。どんどん賃下げしたり、高い商品は価格破壊をすればいいと。全くその通りだと思う。今回の経済危機などでは、ぼくには物価や賃金の調整が緩慢なようには見えない。市場はすごいスピードで価格調整しているように感じる。そういう中で完全雇用に向かわないのは、「物価や賃金の調整機構が、別の市場メカニズム的な様相を生み出している」からだと思える。調整が緩慢だから景気がよくならないのではなくて、調整が調整とは異なるメカニズムを併存させてしまっているんじゃないかと。それをまがりなりにも描写できている不況理論は、小野モデルだけだと思うのだ。

というか戦間期のドイツですら紙幣は「使われて」はいるんだが…….

「使われている」かどうかが問題ではなくて、それを使って市場をコントロールできるかどうかが金融政策の問題なのではないかと思う。流動性=貨幣を否定できるなら、流動性は複数のものに同時に憑依しうることになる。マンキュー『マクロ経済学東洋経済新報社、110ページ脚注には「1980年代後半のソ連には巨大な地下組織があり、そこではルーブルよりもマールボーロが好まれた。」とある。実際、ぼくはこの頃にソ連社会主義圏の東欧に旅行に行ったことがあるけど、その国の貨幣が当然流通している一方で、ドルのほうが好まれ、アメリカ製タバコを差し出せば喜んで何でも売ってくれる実態があった。自国通貨の代替品が存在し、流動性の効用を与えていた。小野さんが主張しているのは、貨幣経済に乱暴なことをすると、市民の最後の効用の砦である「流動性の効用」まで毀損することになり、ひいては金融政策のコントローラーの感度をひどく鈍らせてしまう、ということなんではないかな、と思う。人為的インフレは、このような観点でみると、「抗ガン剤治療」みたいなものではないか。つまり、それはガン細胞だけではなく健康な細胞まで傷つける諸刃の治療。効けば正解だけど、効かなければ患者にさらなる苦痛を与えることになる。この辺の議論もシノドスレクチャーでやれるといいね>飯田さん。チャンスがあれば、そのとき、意見を聞かせてください。
 せっかくいい機会だから、前々から紹介しようしようと思ってしそこねてた本を紹介しとこう。小野善康『金融』岩波書店の第2版。これ、第1版を持ってるから買ってない人が多いかもしれないけど、中身がすっごく改訂され増補されてるよ。絶対買って損はないと保証する。

金融 第2版 (現代経済学入門)

金融 第2版 (現代経済学入門)

とりわけ、「バブルがはじけるとなぜ深刻な不況になるのか」という問題について、第1版よりも進化した数理モデルを与えている。(この議論の構築には、ぼくも参加させていただいたので、とても嬉しい)。それから、拡張的貨幣政策の効果や、フィリップスカーブに関する解説も大幅に改訂されている。とくに前者は、複数均衡で説明されている。(一つだけ難を言えば、拡張的貨幣政策の式がなぜそうなるかについて、『貨幣経済の動学理論』の脚注に書いている説明を入れて欲しかったかな。素人にはμがなぜこういう風に入るかがすぐには理解できない)。これらを前提にインフレターゲティングに関するコメントも書き加えられた。それによれば、これが成功するには次の条件が必要だという。

(1) 中央銀行完全雇用になったあとも高い貨幣拡張率を継続すると信じる。
(2) 一致して物価予想を完全雇用に向かう経路に変え、それに合わせて消費を実際に増やす。
(3) 貨幣以外に流動性の効用を満たすものがない。

大事なのは、これらの結論が、ちゃんとモデルに立脚した上で提出されている、ということなのだ。さらには、(3)を補足するために、次のような解説をしている。

不況が非常に深刻であれば、、ターゲットとするインフレ率を非常に高く設定しなければ効果がないため、貨幣への信頼が損なわれて貨幣経済システムそのものが脅かされる危険すらある。そもそもこの政策は、貨幣保有にコストを課し、消費を相対的に有利にして購買力を消費に向かわせようとする政策である。しかし、貨幣の魅力(流動性の供給)を落としても、流動性への欲望(流動性への需要)が消えるわけではない。それどころか、流動性への欲望が満たされなくなって貨幣の代用品を探そうとするから、消費はかえって減ってしまう

これは、上で論じたぼくの議論とほぼ同じ考えである。ぼくは、心情的には、リフレ政策が効果を持ってくれたらいいと思っている。そうであれば、不況の克服は簡単なことになる。これは、人類にとって、抗生物質に匹敵する発見・発明になるだろう。でも、市場メカニズムって、そんなに単純なものだろうか、という疑念が今だに払拭できないでいる。少なくとも、今のところは小野モデルのほうが、ぼくには説得的位置にある。それはともかく、このように、『金融』第2版は、ホットな話題満載で、進化した小野理論と対面できる。一家に一冊、職場に二冊、とお勧めしたい。でも、数理的な難度は変わらないので、理解を高める意味で、拙著『使える!経済学の考え方』ちくま新書の第6章は、(飯田さんは納得しないそうだが、笑い)、ほんとに小野モデル理解に「使える!」と思うので、参考にしてくらはい。

それでは、シノドスでお会いしましょう。