ABC予想入門

 
4月になって大学の講義が始まったから、忙しくてなかなかブログが書けない。今回は、短文で済まそうと思う。
先月は、遂に、遂に、雅−Miyaviのライブに行った。赤坂ブリッツ。あまりにすばらしかった。男性ヴォーカリストのライブに行ったのも、感動したのも久しぶりだ。しかも、生まれて初めてのヴィジュアル系(V系)アーティストのライブだし。
雅−Miyaviの音楽は、一言で表現することはできない。非常に奇妙なトッピングになっている。まず、ギターはスラップと呼ばれる独特のスタイルで奏でる。まあ、フィンガーで弦を叩く、という感じかな。したがって、打楽器的な演奏も可能になる。これは、信じられないテクニックだ。ご年配の(同輩の)方々には、キングクリムゾンのベーシストたちのスティックという楽器を連想してもらうのがわかりやすいと思う。(我ながら、ふ、古い・・・)。そういうわけで、ギタープレーは、さながらプログレである(プログレは既に死語か・・・)。しかし、ヴォーカルラインは、多様だ。UK音楽のような曲もあれば、V系の甘く切ない曲も多い。ライブで披露された新曲は、「もう、これはプリンスそのものだ」という他ないような、Pファンク丸出しの曲ですばらしかった。にもかかわらず、顔は昔ほどではないが、メイクしっかりV系である。ところがどっこい、全身には、読み切れないくらいの文字のタトゥー。電車にこんな男がいたら、隣りの車両に間違いなく移動するね。そんでもって演奏は、というと、ドラムとのデュオという簡素な形式。このように、とにかく、トッピングがちぐはぐで、既存のカテゴリーには収まりきらないのである。そのうえ、MCは、熱くて長い(笑い)。
でも、本当に、久々に、(アイドル性ではなく)音楽性に惹かれるミュージシャンが現れたのは嬉しいことだ。一応、アルバムにリンクを張っておこうか。

WHAT’S MY NAME?(初回限定盤)(DVD付)

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もちろん、今回書きたいのは、(いつものことではあるが)このことではない。
実はいま、数学者の黒川信重さんと共著を作っているところだ。6月か7月ぐらいには書店に並ぶのではないかと思う。これは、黒川さんとぼくとのリーマン予想に関する対談に、対談の内容をよりよく理解するための数学解説を付録として加えたもの。黒川さんとは、2009年にリーマン予想は解決するのか?』青土社という対談本を刊行したのだけど、それから4年が経過して、リーマン予想周辺にいろいろな進展があった。それらの最新の情報を数学ファンに伝えようとする本だ。
第一の進展は、リーマン予想攻略そのものに関するもの。リーマン予想は解決するのか?』青土社で提唱されていた、黒川先生発案の絶対数学(F1スキーム理論)が、数学者コンヌを中心に大きく発展した。第二の進展は、京都大学数理解析研究所望月新一氏によるabc予想解決宣言である。黒川さんによれば、望月氏もF1数学を使っているとのこと。今回の対談本は、この二つの話題を中心に、ホットな最先端の情報をお伝えしたいと思う。乞うご期待。
そこで、今回、皆さんにお勧めしたい本は、黒川さんと小山信也さんの共著『ABC予想入門』PHPサイエンス・ワールド新書である。
ABC予想入門 (PHPサイエンス・ワールド新書)

ABC予想入門 (PHPサイエンス・ワールド新書)

この本は、望月氏のホームページ上での論文公開から半年程度で刊行された瞬足の情報提供であり、科学報道の粋と言っていい、すばらしい仕事だ。とりわけ、望月氏も数理解析研も情報公開にネガティブな状況の中で、数学ファンや市民へのきちんとした情報提供の役割を果たしており、尊敬に値する。
第1章から第3章までは、平易な入門的解説だ。第1章は、数学の予想についての一般論。第2章は、素数についての初等的な解説。とりわけ、「素因数分解の一意性」のきちんとした証明が書かれているのがすばらしい(これは、簡単なようで、厳密な証明をするのは結構難しい)。しかも、その証明は、「素元分解」というもっと一般の環での議論にも通用するものなので役にたつと思う。第3章は、abc予想の歴史についてである。
第4章から第6章は、発展的な内容を扱っている。第4章は、多項式版のabc予想の証明と一般化された多項式版のフェルマー予想の証明。第5章は、楕円曲線とモジュライ空間についての解説。第6章は、望月氏の理論の概要である。
本書で、是非、皆さんに知っていただきたいことが2つある。
第一は、今回望月氏が解決したのは、「強い」abc予想ではなく、「弱い」abc予想のほうだ、という点である。
ここで「強い」abc予想というのは、「a,b,cを互いに素な整数でa+b=cを満たすとき、(|a|, |b|, |c|のうち最大の値)<(abcの素因数で異なるもの積)の2乗」というものだ。他方、「弱い」abc予想というのは、「任意の正数εに対して、定数K(ε)が存在して、次が成り立つ;a,b,cを互いに素な整数でa+b=cを満たすとき、(|a|, |b|, |c|のうち最大の値)<K(ε)×{(abcの素因数で異なるもの積)の1+ε乗}」
前者が証明されれば、フェルマー予想の別証明が得られるし、指数がばらばらのフェルマー方程式のいくつかも解が存在しないことが示せる。しかし、後者の場合だと、存在だけが与えられるK(ε)のおかげで、「フェルマー方程式には、十分大きな指数については、自然数解がない」ということしか証明できない。望月氏の今回の結果は、後者(と同等のスピロ予想というもの)についてなのである。
第二は、こちらのほうが声を大にしてお伝えしたいことなのだが、今回の望月氏のアプローチの方法は、フライ→リベット→ワイルズテーラーフェルマー予想攻略のアプローチと同じもの、という点である。要するに楕円曲線を使ったアプローチ(フライ曲線の応用)なのである。まあ、詳しいことは、黒川・小山『ABC予想入門』PHPサイエンス・ワールド新書を読んでもらいたいが、もっと詳しいことは、ぼくと黒川さんの共著を待っていただければ、と思う。
マニア向けへのお勧めとしては、第5章「楕円曲線と保型形式の古典理論」である。正直言って、新書でこんな解説をすることが可能だというのは驚嘆したし、数学ライターとして勇気がわいた。ぼくは、この章で初めて、楕円曲線のモジュライ空間のことが直感的に理解できたし、ワイエルシュトラスのペー関数のことも把握できた。数学マニアの方々には、ここを読むだけでも、900円を払う価値があると思うぞ。
ぜんぜん、短文じゃなかった・・・笑い。
リーマン予想は解決するのか? ―絶対数学の戦略―

リーマン予想は解決するのか? ―絶対数学の戦略―